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オルタの歌  作者: 春豆
第二章 妖精の復活
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第四話 赤いモンスター

 顔面に吹き付ける風が、ひきつった頬をさらに引き締めていく。

 イオリの眼前では、赤いモンスターが爆音を発しながら荒れ狂っている。


「何ですか、これは!」

「凄いだろう!出力は2.2倍、トルクもスロットルレスポンスも、飛躍的に向上してるぞ!」

「えー!何ですかー!」

「だから、出力が2.2倍で―」

「聞こえませーん!」


 どれだけ大声で話そうとも、全く聞こえない。この場で会話することの愚を悟ったリオネル・マシーナは、イオリを連れてハンガーへと待避した。


「詳しいスペックは、こんなところだよ」

「一つ確認したいんですが」

「何だい」

「アリアンテが、デカくなってたような気がするんですが」

「いやあ、パワーが上がりすぎて」

「すぎて?」

「制御出来ないからフレームワークもいじり倒した。というか、アリアンテ元来の設計に戻した」

「ちょっ」


 アリアンテは設計当時から妖精(ファータ)エンジンを搭載する予定だったので、主翼は今より大きく全体的に骨太だった。それが、コスト削減と搭載エンジンのダウンサイジングに伴い、よりコンパクトな機体になってしまったという。


「設計当時に目指した理想型が、できあがったんだ。みんな感動で気が狂いそうだったよ」

「フレームまで弄るとは聞いてないんですけど。それにそんなお金は」

「金など、いらん。男のロマンに金など無粋。そんなものは、どこかの悪どい企業が稼いだ利益から出せば良い。気にするな」

「いやいやいや、そんな簡単に言う金額じゃないでしょう」


 イオリが聞いたら卒倒するだろう金が投入されているはずだ。しかしマシーナはニコニコと笑って意に介さない。実際のところ、妖精(ファータ)の技術に目途がたっただけでも、会社に莫大な利益をもたらすので、むしろイオリに感謝したいくらいなのだ。


「それよりも、せっかく予定より速く仕上がったんだ。シェイクダウンしてみたらどうかな」

「え、いいんですか」

「もちろんだとも」

「後から請求とかしませんよね」

「そんなことをしたら、逆に契約違反で君に訴えられるよ」

「よしっ」


 そう叫ぶやいなや、イオリはゴーグルをひっ掴んで飛び出していった。



 数日後のグランプリファイナルでは、会場の雰囲気が真っ二つに分かれていた。上位3位はもちろんのこと、6位までは来シーズンでの優遇制度が受けられるとあって、そのあたりで争っているパイロット達は必死の形相だ。一方、望みが薄い者達やプライベーターチームは勝敗よりも来シーズンに向けた新技術のテストに重きを置いている。


 イオリはというと、そのどちらも当てはまる。総合2位につけているのに、来シーズンにむけた新技術を投入した機体で望んでいる。いつもより緊張した表情で椅子に腰掛け、前髪をいじりながら空を見上げていた。タイムアタックでは、手の内を晒さないためにセーブして飛んだため、2番グリッド。十分な成果であるが、イオリの表情は晴れない。


「浮かない顔してるね」

「うおっ」


 突然目の前に降ってきた青緑の髪に激しく動揺し、椅子からずり落ちそうになった。

 ユノンからほのかに香るオリーブの芳香が、鼻腔をくすぐる。本来なら関係者以外立ち入り禁止のパドックだが、彼女は妖精(ファータ)の発案者ということで、アエル・ベクトル社のチームに参加していた。もっとも、制御術(プロセッソ)に詳しい少女という位置づけであり、実際に制御術(プロセッソ)を使えることは隠している。


「あのなあユノン、前から言ってるだろ近づきすぎだって」

「そうかな、普通じゃない?」

「普通じゃない」

「普通じゃないじゃない」

「あー。で、どうしたの何かあった」

「面倒臭くなった顔してるねぇ」


 笑いながらイオリの横に腰を下ろしたがユノンだったが、イオリの話を聞いているうちに、その表情が真剣なものに変わっていった。


「『ヒカ』ちゃんが、おかしいの?」

「不調なわけじゃないんだ。むしろ絶好調だと思う。予選なんて、出力を抑える方が大変だったくらいでさ」

「じゃあ何が心配なの」

「ユノンはオルタの意志って話は知ってるかな」

「そらを旅するオルタの話だよね」

「そう」


 それは、鉱石であるオルタに「意志」があるというおとぎ話。作者不明のおとぎ話は、地上に墜ちてしまったオルタの悲しみを伝えている。かつて自由気ままにそらを旅していたオルタの一つが、ある時不幸な事故で地上に墜ちてしまった。衝撃で散り散りになってしまったオルタは、再び天上界に戻ることが出来ない。必死に仲間を呼ぶが、応えはなく、気が遠くなるほどの年月が過ぎた頃、人類が現れた。人は空を飛びたがり、オルタもまた飛ぶことを欲した。


「だからオルタは航空機に使われると、一番効率が良いって話でしょ」

「それそれ。今まで俺もオルタは空を飛びたいんだと思ってた。カーク10で一緒に飛んでる時が一番輝いてたからね。でも、たぶん違う」


 前髪を弄る指がせわしなく動く。

 複数のオルタを運用してみて、イオリは初めてオルタの本質を垣間見た気がしている。それは、大空を飛び回りたいなんていう少年の夢みたいな物では無い。


「オルタが飛びたいのは空じゃない」

「でも飛ぶっていったら、空以外にないよね。他にあるの」

「俺にもわからない。でも、もし――」

「おいイオリ、遊んでないでそろそろ用意しろ!」


 ガレージの外で、クラーラがスパナを振りながら叫んでいる。若干怒り気味なのは、ユノンのせいである。制御術(プロセッソ)を学んでいる知人だと紹介された少女は、イオリに対して妙に心やすい。それがクラーラを苛立たせていた。


「ま、今考えても仕方ないか」

「そうだね。多分『ヒカ』ちゃんは難しい事考えてないよ。イオリと一緒にどこまでも飛びたいだけじゃない」

「違いない」


 笑いあう二人に、クラーラの怒声が飛んできた。





 スタートは、機体が暴れる事もなく順調にポジションをキープ出来た。現在『ヒカ』は8つ搭載したオルタのうち半分にあたる4つを低出力で制御している。細かいスロットルの調整にも即座に反応するので、操縦が心地良い。


「良し、負けてないな」


 先行するのはコモッティの機体だけで、それも十分射程に入れた状態だ。慣れない機体でのレースである事を考えると、後追いの理想的なポジションだった。一周目を終えて観客席を通り過ぎる時にさりげなく機体底部を見せて、アエル・ベクトル社のロゴマークをアピールする余裕もあった。


『序盤に仕掛ける』


 ブリーフィングでそう宣言したが、決して無理な話では無いと思っている。見たところ直線での速度は同格、全開走行すれば上回るだろう。それに旋回中の操作性も悪くない。あとは新型エンジンの信頼性だけが心配だが、今あれこれ悩んでも仕方がない。コモッティ達ワークス勢が油断しているであろう序盤がチャンスなのだ。

 クラーラとアエル・ベクトル社の狂人集団を信じ、スロットルを解放するタイミングを探った。



 その頃、上空に漂う飛行船では、興奮したマリアーノ・カサノバの絶叫が響いていた。放送用のマイクを掴んで窓にへばりつきながら中継をしている。


「キタキタキター!ついに来たぞ、イオリ・カルデローニが、トップに立った。なんとプライベーターがワークストップチームのフィリッポ・コモッティを抜いた。三週目の最終コーナーを旋回した直後、爆発的な加速力で一気に追い抜いたイオリ・カルデローニ選手。良くあんな骨董品な機体でワークスの最新機を抜けましたねぇ、解説のドリアーノさん」

「俺は信じていた。きっと戻ってくると」

「戻ってくる?ああ、そういえばイオリ・カルデローニ選手は伝説のディエゴ・カルデローニ選手のお子さんでしたね。カルデローニの系譜がカテゴリC(クリテリオ)に戻ってきたということですか」

「深紅のドレスを身にまとった艶めかしいボディライン、野性的でいて官能を揺さぶるその咆哮」

「真っ赤なボディはディエゴ選手の時から同じでしたが、エンジン音はずいぶん変わったようです。前回も甲高い官能的な音でしたが、今回はなんとオルタを複数使用ているそうですよ」

「そうだ、俺もまさかそんな趣味だとは知らなかった。しかし、ト…トリというのも良かった。新たな世界が開けた!」

「トリ?いや使われているオルタは、トリ()ではなく、報告ではオクタ()だと―」

「HAHAHA!さすがに俺が絶倫でも8人は無理だ。しかし、アンジェリーカが許してくれるならば8人一度にというのも」

「てめぇの夜の生活なんざ聞いてねぇんだよ!」


 カサノバ兄弟の放送は、今日もグダグダだった。

 陽気なベルゴーニ大公国の国民気質が窺える放送内容だが、その実況は集会を重ねる毎に次第にヒートアップしていく。一度はトップに立ったイオリだったが、次の周回ですぐにコモッティに抜き返されてしまう。かなり強引な抜き方だったが、ワークスとして、そして総合首位の意地があるのだろう。それからはイオリとコモッティが一進一退の攻防を続けていた。


「両者譲らない熱い戦いですねぇ、勝負の行方はどう見ますか解説のドリアーノさん」

「見たところ、中・低速域ではイオリ・カルデローニの機体がスムーズだな。でかくなったせいで以前より軽やかさが無くなってるが、エンジンが良いせいだろうな、滑らかな旋回をしている。一方のコモッティは総合的によくまとまった機体だから、欠点らしいところが無い。まあ順当に考えるとフィリッポ・コモッティだろう」

「…」

「おい、なんで黙ってるんだ。放送事故になるだろ」

「お、お前誰だ。兄貴をどこにやった!」

「はあ?」

「俺の愛すべき阿呆兄貴ドリアーノ・カサノバは、そんなまともな解説はしない!貴様、偽物だなっ」

「阿呆って、お前兄貴に向かって何を」

「兄貴を返せ、女癖が悪くてギャンブル大好きで酒に目が無いクズみたいな男だが、あれでも俺の家族だ。さあ、どこにいる、本物のデブ兄貴はどこだ」

「デブじゃねぇ、ふくよかって言え!」


 いつも以上にヒートアップした喧嘩の実況が繰り広げられる中、当のイオリとコモッティもまた過熱気味であった。

 コモッティの機体が突風を受けて僅かにコースをはずれると、狙い澄ましたよ1うにイオリが機体を割り込ませていく。だが上からかぶせられて、スロットルを握る手が止まった所をまたコモッティが抜き返す。


 絡み合う蛇のように飛ぶ二つの機体は、観客を魅了していく。ただ、実際にはそんな高尚なものではなかった。見た目には高度な技術を惜しみなく使った高度なバトルだが、コクピットでは罵詈雑言が飛び交っている。


「クソがっ、ロートルのポンコツ機体が邪魔くせぇんだよ。てめぇがスライスバックとか百年早ぇ」

「このボンボン野郎がっ、インメルマンは俺の十八番だぞ。真似すんなボケ」


 ホームストレートで主翼同士が軽く接触すると、お互いヒートアップしていった。そうしてハイペースで周回を重ていくと、早くも周回遅れが出始める。前回はイオリが周回遅れをうまく使ってコモッティをパスしたが、本来この手の処理は経験豊富なコモッティの方が上手い。前を行く機体の挙動を予測し、後ろを抑えつつ最適なタイミングで飛び出していくコモッティに、イオリは少しずつ引き離されていった。


 残り3週になると、二機の差は明確にわかるようになっていたが、パドックで実況を聞いていたクラーラは満足気にコーヒーを飲んでいた。もとより総合力ではワークスのコモッティに勝てるとは思っていないので、これで充分なのだ。むしろ出来すぎと言っても良い。そんな風に思っていたので、カサノバ兄弟の実況中継に耳を傾け、笑みを浮かべる余裕すらあった。

 あと残り周回を無事乗り切れば、プレイベーターが2位になるという大快挙が達成される。その瞬間を想像すると、口元が緩むのを抑えられない。


「順調ではないか。オクタコアも落ち着いているようだし、次のシーズンはウチのパワーユニットがレースを席巻しそうだな。って何だ、難しい顔をして」


 上機嫌のクラーラとは対照的に、ユノンの表情は曇っていた。ホームストレートに近づいてくるアリアンテを凝視している。轟音を残して飛び去る二機を追うユノンの眉間には、深い皺が刻まれていた。

 これで残りは2周、少なくともこの周回である程度距離を詰めておかなければコモッティを抜くことは出来ないだろう。イオリが何かするとしたら、この周回だ。


「何かヘン」

「脅かすな。おかしな挙動でもあったか」

「そうじゃないけど」

「あのな、ちょっとは制御術(プロセッソ)に詳しいかもしれないがな、航空機はトータルバランスなんだ。私が整備した機体にケチはつけさせないぞ」

「ケチとかじゃなくて、イオリの様子がおかしい。ヒカもイラついてる」

「は?ヒカ?誰だ、それは」


 クラーラの問いには応えず、ユノンはアリアンテの飛び去った空をじっと見つめていた。





「やばい、これ以上離されると優勝の目が消える」


 振動が激しくなった操縦桿を握り締めながら、前を行くコモッティの後尾を必死に追いかけている。イオリは、安全マージンを削り取った飛び方でなんとか追随していた。

 オクタコアの『ヒカ』には随分と余裕が残っているが、それを伝えるピストンや軸といった構造部分は限界を迎えている。そして限界まで使い続けているせいで機体に軋みが発生し、先程から振動がどんどん激しくなってきていた。

 必死に挙動を抑え込んでいるが、余計な操作が必要になる分遅くなり、また無理をするという負のスパイラルに陥っている。


 しかし、そんな事よりも深刻な不安要素があった。


 『ヒカ』のストレスが危険領域に達しているのだ。

 直接見られる訳では無いのでわからないが、なんとなくイオリには伝わってくるのだ。ヒカはとても優しく温和な、いやオルタに性格があるかどうかは別として、安定したオルタだと思っている。しかし、コモッティにぶつけられた時から、様子がおかしくなっている。憤怒にも似た出力の上昇が続いていて、スロットルレバーは半開(パーシャル)より先に動いた事がない。わずかな操作でドカンと爆発しそうな感じが続いている。どう考えても、8つ全部のオルタが稼働しているとしか思えない状況だった。


「でもまあ、わかるよ」


 ギシギシ音を立てる機体と自分の首に鞭を打って鮮やかに急旋回を決めると、わずかな直線を狙って左手がスロットルレバーを引き寄せる。半開(パーシャル)の境界をわずかに越えた時、爆発したようにアリアンテが急加速を始めた。


「俺だってムカついてるしな!」


 暴れる機体を手足のように操って、コモッティに食らいついていく。イオリはスロットルレバーに付けられた赤いボタンに指をかけながら『その時』を虎視眈々と狙っていた。

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