働かざるもの、魔法つかうべからず
「おーい弥夜!」
馬小屋の藁の上に寝そべり、ぐうたらと何もしないを実行していた俺に来客が来た。
無視を決め込もうと思ったが、鍵のない馬小屋ではそれも無理だ。
重い体を起こして「なんだよ」と無愛想に応答する。
「なんだよじゃないわよ! いま自分が置かれてる状況がわかってないのかしら?」
「リンネさんのご好意で馬小屋に居候する職業無職の冒険家」
「……自覚があるところがタチ悪いわね」
リンネはげんなりとした顔で、がくりと肩を落とした。
面持ちには遠い何かに憧れるような、一種の哀れみのようなものが浮かんでいる。
彼女――リンネ=アキュレイトと俺の関係は、一言で言えば恩人。そして俺は穀潰しだ。
加えて、俺の秘密を知る唯一の人間であり、だからこそこうして毎日甲斐甲斐しく出向いては『仕事』を促してくるのだった。
「あのね弥夜。あなたの素性とか考えたら、そうやって毎日毎日ひきこもりじみた生活を送りたくなる気持ちも……まあわからないでもない」
「ならそっとしておいてくれ。出産後の神経質な母猫への気配りくらいに」
「あなたは男でしょうが……」
リンネはため息をひとつついて、砂金のような髪を右手ではらう。
「ともかく俺は働きません。冒険しません、討伐しません、請負いません」
腐れニートここに極まれりな言及をして俺はリンネに背を向ける形で寝そべる体勢を変更した。
しかし腐れニートにも、ニートたる理由はあるのだ。それを主張させていただきたい。
そもそも、こんな剣と魔法の世界において、やる事と言えば冒険だ。
そりゃ俺だってRPGは大好きだった。
一週間ほどまえ夜道で、通り魔に腹部をサックリやられてお亡くなりになり、気が付けば見知らぬ世界の荒野で行き倒れていたところを、行商を生業としてるリンネに拾われ、この世界の事を聞くまでは。の話だが。
ひらたくいって俺は転生者らしい。ここまでは、良いんだ。
「よっしゃ! これから胸躍る冒険の日々が始まるぜヒャッホー!」
なんて一瞬舞い上がったことも事実だ。
しかし、それはこの世界の魔法。その概念によってぶち壊された。
――この世界の魔法は、有料だ。
もう少し詳しく言うなら、魔法を放つ場合、魔力ではなく、その人間の生涯年収。生まれてから死ぬまでに稼ぐ『金』を対価として発動される。
例えば貴族なんて最強だ。領土によって得られる課税なんかも魔力として換算されるわけだから、魔道士数人がかりで発動させる大魔法を一人で放てるわけである。
かくいう俺はというと、結論から言えばそこらの貴族や王族なんかデコピンでぶっ飛ばせるレベルの魔力を保有しているらしい。
理由は単純だ。ここに来る以前。つまり生前、日本で有数の財閥の息子だったからだ。
それが、転生した際に持ち越されたというわけらしい。
「宝の持ち腐れよ、まったく!」
不満を溜め込んだリンネの声が鼓膜をたたく。
確かに、彼女の言うとおりだと思う。
俺の魔力なら宮廷魔道士も可能らしいが……。
しかしこの世界の魔力には自然回復というものがない。
使ったら使っただけ、そのぶん『働かなければならない』のだ。
それも、既に有るところから差し引かれるばかりか、きちんと『穴埋め』をしないとなんらかの形で徴収されるそうだ。例えば偶然盗賊に襲われたりだとか。そういう『不慮』という名の見えない力が働く、なんとも理不尽な力がこの世界では働いているのだそうだ。
……エーテルとかそういう回復アイテムはないのかよ。
とまあ、そんなわけで事実を知って、詰まるところ裕福な家庭で何一つ不自由なく生きていた俺は、働くという概念がそもそも存在しないのだった。
なので魔法を使いたくない。働かなくてはならないから。
なのでリンネの所有する馬小屋でヒキニート生活を送っているわけである。
「とにかく今日という今日は力づくでいくからね!」
いきなりリンネに首根っこを掴まれた。
行商で普段荷馬車の積みおろしをやっている事もあって、華奢な体躯からは想像も出来ない馬鹿力だ。
対して俺はこの一週間自堕落な生活を送っている。当然体もなまっている。
結果、抵抗も虚しくずるずると街へと強制連行されるハメとなった。