黒猫奇草紙
雨が続いとる。他の猫は知らんが、わしゃ雨が好きだ。お日様も嫌いじゃないがな、まぁ曇りも悪くない。
雨の日ぃは日課が一つ増えるのが面倒だ。
「クロ、行くのか?」
最近世話になりだした居酒屋の猫のミケに話しかけられた。ミケは雄なんが勿体ねぇぐれぇ良い顔してる。
まぁわしも負けでねぇけんどな。尻尾だけなら、わしの勝ぢだ。
「クロおじ出かけんのか? 雨だぞ?」
ミケにくっついて来たんは、シマっちゅう若ぇ猫だ。若けぇのに気がきく奴でなぁ、あんま気ぃ使ってばっかいっと禿げんぞ?
「クロおじちゃんお出かけ? 白雪も! 白雪も!」
シマの後ろにくっついて来たんが白雪っちゅー子猫だ。白い白いふわっふわでなぁ、はんぺんみてぇに可愛いんだこれが。
飲み屋の客が『可愛いは正義だ』っちゅう事言ってたが、当たりだな。あの可愛いさだったら悪も負げるべな。
連れでってやりてぇけんどなぁ、雨ん日しか通れねぇ道だしな。まだ早ぇべな。
ミケが宥めてる隙にひょひょいと出できた。
『よぅ、クロ。いつもの所か? ほら、持って行け』
『にぎゃ~~』
こいつぁこの居酒屋の店主、真木なんちゃらだ。名前忘すれだな~人の名前ぇはすぐ忘れっからな。まぁ呼ばねぇしいいべ?
『相変わらずぶっさいくな声してんなぁ。まあいい、早くこの雨何とかしてくれ。止ませられたら、焼き鳥多めにやるぞ』
『ぶみぁ~~』
任せろ、速攻で止ませてやっかんな。背中向けて、尻尾で合図すっと、真木は唐草模様の風呂敷包みをわしの背中にしょわせた。中はすんげぇうめぇみたらし団子だ。涎たれる。
居酒屋からすぐの公園の奥のちぃせぇ池、そこが目的地だ。あぁ、しかししんでぇな。体重まぁだ増えだべが?
池さ来たらまんず周りの確認だ。人いっとめんどくせぇがんな。
雨の抜け道は、通るんにちぃとばっかし力がいっからなぁ~めんどくせぇ。まずは髭を一本抜いで息かけて火ぃつけるべ?その火ぃを消さんように池の水に七回つけっと、おはじきみてぇな道ができっからそれを渡んだ。
そんときゃ振り返っちゃなんねぇがんな?
池の周りの紫陽花の花っこが風車みでぇにくるくる回って、池の上さ来ても振り返っちゃなんねぇぞ?
池の水がビー玉みてぇにころころころがって来ても、じゃれついちゃなんねぇ。いいな?我慢だぞ?
ぴちゃん、ぴちゃん。
くるくる、くるくる。
ころころ、ころころ。
ぽちゃん、ぽちゃん。
くるくる、くるくる。
ころころ、ころころ。
我慢、我慢。
りん、りりん、りーんり―――ん。
ほれ、この音。
りーん、ちゅうのが聞けできたらもうすぐだ。
ほれ、あそごさちっけぇお地蔵さん見えっぺ? りーんりーんはこのお地蔵さんの声だ。雨の抜け道通って、お地蔵さんへ団子あげんだ。
このお地蔵さんにな、雨降り小僧ば入ってしまってな、出れねぐなったのさ。雨降り小僧はまんずみたらし団子好ぎでなぁ、食べでぐなっと人間の夢枕さ立つのさ。みたらし団子持って来ねばずーーーっと雨だぞってな。
だげんど、人間は池のおはじき渡れねぇかんな、んで、仕方ねぇからわしが持ってきてやったのっさ。
り―――ん!! りん、りん!!りん!!
「来たど。ほれ、団子だ。柔らけぇうぢさ、食え」
りーん!!りーん!!!りん!!りん!!りりりん!!!!
「うめぇのわがったがら、もっとゆっくり食えや」
りん、りーん、りーん。
「んぁ? まだ帰んねぇがら」
りん!!
いっぺんこっちさ来っと、雨降り小僧は、帰ぇんな帰ぇんなうるせぇんだこれが。寂しんだべげど、ならこっちさくればいいのによ。仕方ねぇなぁ。
あぁ、眠ぃ。こっちはあっちと違って時間ゆっくりだかんなぁ。まぁんずあっちは忙しねぇ。どれ、ちぃっと寝でいぐがなぁ。
りん!! りんりんりりりりん!!
「痛ででででででで!!!!!!!!!」
りん?
「りん?でねぇよ!! 降りろ!! 背中割れるべど!! いぎなり乗さってくんな!! お前ぇ今地蔵なんだぞ!! 重てぇに決まってんだろうが!!」
りーん……。
まぁったぐ、いづまでぇも童っ子だど思ってんだがら。
り……ん……。
「もぉ怒ってねぇから、んなシケだ顔すんな」
りーん。
「仕方ねぇなぁ、今度来っとき焼き鳥持って来てやっから」
りりりん?
「んだ。すんげぇうめぇぞ」
りん!!
「よし、機嫌治ったな? 機嫌悪ぃと雨止まねぇがんな。わしゃもう寝るぞ。乗んでねぇぞ?いいな。雨止んだら起ごせな」
り―――ん。
全く、若ぇのには色々手ぇかかんなぁ。
こごでの昼寝は最高だぁ。優しぃぐ風吹いででな、池のおはじきがゆ~らゆ~ら揺らいで、ぶつかってキ――ィン!ってすんげぇ澄んだ綺麗な音っこ鳴ってなぁ。ぽちゃん、ぽちゃんって雫が落じんのさ。
お地蔵さんは池の真ん中のちぃっと盛り上がったとごさ居でな、そごさは年中皐月時みてぇないい匂いした草はえでんだ。ふっかふっかだ。たまんねぇべ?
そごでゆ~~くり、微睡むんは、しあわせでなぁ……き、もぢ、いいん…だぁ……
り――ん、り――ん。
くるくる、くるくる。
ころころ、ころころ。
き――ん、き――ん。
ぽちゃん、ぽちゃん。
くるくる、くるくる。
ころころ、ころころ。
ぽちゃん、ぽちゃん。
き――ん、き――ん。
くるくる、くるくる。
ころころ、ころころ。
ぽちゃん、ぽちゃん。
き――ん、き――ん。
くるくる、くるくる。
ころころ、ころころ。
り――ん。
り―――ん。
り――――ん
り―――ンりんっっ!!!!!!!!
「ぐぇ!!の、の、んな、おぎだ!おぎだがら!!」
死ぬかと思ったべ。全ぐ。
雨も止んだな。よし、かえっぺ。風呂敷は首さ巻いで。
「んでな。また来っから」
り――ん。
帰りは元来た道戻るだけだかんな。簡単だ。あぁ、んでもおはじきは振り返っちゃなんねぇぞ?
「お!虹だ」
【あちらからこちらへ。
りーん、りーんとお地蔵さんに見送られて。
戻ってきて振り向いた先の水溜まり。
映ったクロの、尻尾が割れているように見えて?
にやりとこちらを見やり笑うクロ。え? こちらが見えてるの? 】
「それは知らぬが仏よなぁ?」
お終い。
お読みくださり有難う御座います。
今回の童話は読み聞かせ用の和物を意識して書きました。
談話室で司書さんが物語冒頭の天気を読むと「いつでもいいんじゃん」とか風呂敷の「からくさもようってなに?」とか終わり部分はTVで妖怪を見慣れた今の子供には簡単な問題になっていたりと、そんな想像をしながら書きました。
わかりやすく平仮名で書くことも考えましたが、和物の童話って結構難しい言葉で書いてあったなぁと、あえてそのままの漢字を使いました。和物の風や音を少しでも感じて頂けたら幸いです。