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Ermitage~エルミタージュ~  作者: 橋空ミクノ
第二章~団員事情~
11/14

Dr.ターニッシュの厄日

(俺は何故、ここに居る?)


灯りが揺れ、地面も揺れる部屋の中、ターニッシュ・リースリングは目を覚ました。


(いやそもそも、ここは一体どこ?)


歳は見るからに中年といった男。無精ひげに、後ろで縛った肩まである少々ちりぢりの黒髪。

灰色のカーディガンを着た体に巻き付けられているのは……


(ロープ!? どゆこと!?)


驚いて中を見てみると、そこは荷物は多いががきちんと整理されている空間だった。あちこちに見える派手で奇抜な道具は、恐らく見世物に使うものとターニッシュは考える。


(見世物……いや待て何か記憶に引っかかるぞ……)


必死に記憶の中を探り出そうとしていると、何やら傍にある袋がモゾッと動いて、ターニッシュを酷く驚かせた。

冷静になってよくよく見てみると、それは彼より背の高いであろう青年であった。木箱を机代わりに、何かの作業中に眠ったのだろうか、縮こまった体には毛布がかけてある。周りにあるのは、木屑ばかりだ。


(何だ、ちゃんと人がいるじゃないの……)


ほっとしたのも束の間、じゃあなぜこんな状態に自分がいるのかには何の解決にもならず、ターニッシュは自由だった足を延ばし、青年を突いた。


「……ちょっと、若人!」


大きな背中をもぞもぞさせ、青年は眠りを妨害された不快感を声に出した。


「ここはどこ? ついでになんで俺はここに居るの?」

「ふああぁ……あれ、誰か起きたんですか~?」


頭上から声が聞こえたような気がして、ターニッシュは辺りをきょろきょろさせた。


「……ああ、例の座長さんが連れてきた人ですねー。私は積んである荷物の上に居ます~」


まだ寝ぼけ眼なのだろうか、何とも間延びした……可愛いお嬢さんの声だと、ターニッシュの目が光った。すぐさま不安定な床の上を立ち上がり、ロープで拘束されたまま鼻息を荒くし声の主を探す。


「ごめんなさい~、私今メンテ…………あっ!! 駄目です駄目です見たら駄目なんです!!!」


声の主は、可愛い声の通り可愛らしい、ブロンドヘアーの少女の……


生首だった。


見るからに青褪めていそうな少女の生首と、それを見つけてしまったターニッシュが硬直し、何秒か経った頃。

ターニッシュの意識は遠のき、なにやらひっくり返るような感覚に陥った。


「きゃーっ!? 座長さーん!! ラス!! シノン君ーっ!!」


そんな少女の叫びを最後に、ターニッシュの意識はプッツリと途切れていった。












「……いくら人員不足に悩まされているからって、まさかベルさんが強行突破するとは思わなかった」

「おいおい、人聞きが悪いねぇ。この通り、署名済みだ」


時刻は夕時。日が暮れるまで、行く所まで行こうと走らせていた移動小屋は止まり、中では気絶するターニッシュを取り囲むかのようにシノン達は居た。


(内容からいって、とてもその書類に同意したとは思えないが)

「カシスも疑ってるよほらー」

「慌てて私も制止しましたけど、まさか私達の境遇を知っていないんじゃ……?」


関節の調子が悪いと、ラスに点検を頼んだアメリアはバラバラにされていた。今では組み立てられて五体満足だが、別に腕がもげようがどうってことないのだ。生首になっても全く問題は無い。


「知ってるも何も、今の状況が物語っているじゃないか」

「……知らないの!?」


シノンとアメリアは、衝撃の事実に仰け反った。ラスは相変わらず寡黙で、何も動じなかったが。


「いくらベルでも、今回はいささか説明不足じゃないのか?この男に逃げられて、私達の正体を言い触らされたら今後の活動にも支障が出る」


事の状況に我慢が出来ず、カシスが出てきて反論する。


「カシスちゃんの言う通りですよ。この人起こして、私達にも分かるように説明してもらわないと」

「……団員困らせるのは、ちょっと」


ラスも数日ぶりに話し出した。顔や行動には出さないが、ラスもラスで困惑しているようだ。


「悪かったよ、まさかこんなにも上手い具合に人材確保できるとは思わなかったから、つい調子に乗ってね。さてと、じゃあ早速」


そう言って、ベルは容赦なくターニッシュの頭に蹴りを入れた。すごく痛そうな声を出し起きたが、手を含めて体が縛られている為、患部を抑えることもできず悶え苦しんでいた。


「酷いな、ベル……」

「いつだったか大男の急所に蹴りを入れたお前よりはましだ」


ちょっと待てなぜ知っているというカシスの言葉には反応せず、ベルはターニッシュに向かって喋り始めた。


「ようやくお目覚めかい、ターニッシュ・リースリング」

「目覚めるも何も……って、ん? 何でフルネームをご存じで?」

「この署名に覚えは?」


ベルは目の前に、先ほどの誓約書を突き出す。


「……んんっ!? これは確かに俺の字だ……けどこんなん書いた覚えが……いや待て待て」


暫く考えていたターニッシュは、いきなり大声を出したかと思うと、そのまま指差すような勢いでベルを見た。


「思い出した! お前さんは確か酒場のヴィーナス!!」

「ヴィ……ヴィーナスゥ?」


カシス達は、怪訝な顔でベルを見た。


「そんな目で見ないでおくれよ。この男が勝手にそう呼んでいただけだ」

「そうだそうだ、思い出してきたぞ! 確かここの少年少女達は、エル何とかいう旅芸人一座の……あれ? そこの嬢ちゃん確かさっき……」

「あー! 悪い夢でも見ていたんですよ!」


そう言い、さっきの出来事をなかった事にしようとするアメリア。賢明な判断である。


「そ、そう? まあいいか……色んな箇所が断片的に思い出してきたけど、ヴィーナス?」

「順を追って、自分にも他人にも分かりやすく」

「要求の難易度高めじゃ……たーしか、俺は市場を歩いていて――」


ターニッシュの口から、今に至るまでの経緯が明かされようとしていた。












それはターニッシュが、ヴァキラスと呼ばれる町に滞在していた時の事。

いつも通り、長居はせずに次の地へ発とうかと考え歩いていた、ある日の午後。


「ま~た奴らが追いついてきたら面倒だしね~……」


そんな訳の分からない独り言を呟きながら、市場で買ったリンゴを丸齧りしていた。

金はそれなりにあるが、際限無くあるわけではない。いずれは何か、旅の資金になる仕事を考えないといけない、そうぼんやり考えていた。


「何かこう、露店みたいに売り歩く仕事ってのもいいな……その前に俺に商売の才能は無い、か。もっとこう、客を一発で惹きつけるような」

「兄ちゃん待ってよー!」

「急げってば! せっかく“旅芸人”が来てんだぞ!」

「そうそれ旅芸人……ん?」


すぐそばを横切った、兄弟の会話が耳に残った。そのまま走り去っていった小さな兄弟は、その先の人だかりのある所を目指していた。

いつもは露店が出来る広いスペース。それを貸し切るとは、旅芸人の何者でもないなと、ターニッシュは何の気なしにそこへ近づいて行った。


そして、近づくにつれ聞こえてきたのは、歌声。


普段なら活気があって騒がしいはずの、市場の午後。しかし旅芸人の催しの周辺だけ、歌声に聞き入っているのか、妙に静かだ。

大勢の人がいる中、ターニッシュはひょこっと隙間を利用してその先を見てみた。

そこに居たのは、可愛いドレスを身に纏った、まるでお人形のような少女。優しい笑顔で口ずさむそのメロディは、確かに周囲の心を惹きつけ、聞き入らせてしまうとターニッシュは感心した。


というか、旅芸人なんて来ていたのねと、ターニッシュは更に奥を見ようとした。


すると、奥の方に背の高い青年と、銀髪の少年が準備しているのが見て取れた。青年は衣装係なのだろうか、少年に道化師のような派手な服を着せている。そしてその合間に、あの歌姫をちらちら気にしていることがターニッシュには分かった。兄妹か、恋人だろうか。


まあ、あまり詮索するのも野暮だと考え、歌姫がお辞儀をしたのを見たその時だった。


白髪に近い、今度は大人っぽいドレスを纏った美人が、バイオリンを弾きながら登場したのだ。

これはっ……!! と、ターニッシュの割と広めなストライクゾーンに入ったその女性。ちなみに彼は、気に入れば年齢境遇関係なく射程圏内に居れる傾向にある。


それからは道化師が何やらしていたような気はしたが、もはや眼中には無かった。遠目から、終わるまでその女性に見惚れていたターニッシュ。

しかし全ての演目が終わり、観客がまばらになった頃には、ターニッシュは生活拠点にしている宿屋に戻っていた。別にあの女性を見て満足して帰った訳ではない。

狙うべきは酒場だった。あの公演場所から、そう遠くない酒場がある。値段も安めで、ヴァキラスに着いた時から行きつけにしている酒場。そう大きくない一座だ、懐事情を考えるとそこまで豪遊は出来ないはず。あの最年長であろう女性が、公演の疲れを癒しに訪れるなら、多分そこだ。


そしてどっぷりと日も暮れ、ターニッシュが例の酒場へ入ると、案の定だった。

カウンターで酒を飲むその優雅な姿は、まるで酒場のヴィーナスだ。


「ああ、昼の見物客だね」


目が合い、そう話しかける女性。遠目から見ていただけなのに、自分の事を覚えているとは!そんな浮かれ具合は顔に出さず、ターニッシュは大人の魅力全開で女性に近づいた。


「隣をいいかな、レディ?」


カウンターで女性の隣に座れ、ターニッシュはこれは何ともいい日だとご満悦だった。

それから、何の当たり障りのない世間話から、一座や各地の旅の話をした。本当に、記憶にあるのはそれだけで、程よく酔ったらそれこそ満足して帰る予定だった。


しかし、ターニッシュはよくよく思い出してみる。


「今夜は気分がいいから奢るよ。マスター、あのウィスキーをボトル1本おくれ」


そう言い、マスターが手にした酒は結構度がキツイ酒だったような……?












「……あー、そっから記憶が無いわ」


間の抜けたようなターニッシュの言葉に、移動小屋の中は何とも言えない間が空いた。


「えーと、つまりおじさん、ベルさんに酔わされたの?」

「うお!? 少年いつの間に!?」


シノンは慌てた。いつの間にか変わっていたらしい。


「あ! さっきだよさっき! ほらそんな事よりおじさん、ちゃんと思い出さないと後で泣くよ?」

「お、おう……って言われてもなぁ。ホントに薄ぼんやりとしか記憶が無くてなぁ」

「でもこのサインした誓約書さー」


ベルが持っていた誓約書を、もう一度見直すシノン。


「これによれば、色んな規約が連なった上で『以上の規約に同意し、座長・ベルが解雇を命じるまでこの一座で働くことをここに約束する』……って」

「……は!?」


身動きも出来ず驚くターニッシュに、シノンは誓約書を目の前に掲げた。


「そんな話聞いてな……え!? 俺酒煙草禁止!? それと俺の自由に出来る金少な!!」

「え、気になることそこ?」

「当ったり前だ! ちょっとヴィーナス、おっさんホントに泣くよ!?」

「泣きたければ泣けばいいさ。ただ、これにサインしたことは本当だからね。何なら今からヴァキラスに戻って、あの酒場のマスターに確認をとってもいいよ」


成程、大方ターニッシュを酔わせたベルの算段だったわけかと、団員達は心の底から彼に同情した。


「……ん? 待て待て、今どこに居る!?」

「どこって、次の町に向かう道のりだよ」

「ちょおおおお! 俺の荷物ホテルに預けっぱなしなんですけど!?」

「荷物なら、ほら」


そう言ってベルが指差した先には、黒い鞄とキャリーケース。


「ホテルのカギはお前さんから貰っていたからね。何だか生活味溢れる汚い部屋から、荷物をまとめてあれやこれやの口には言い出せない色んな」

「ぎゃー!! 見たのというか言わないでいや言わないでください座長様ぁ!!」

「これからの行い次第だねえ」


見るからにがっくりとうなだれ、「働かせてください……」と力なく言う様に、皆唖然としていた。

ベルがそこまでして招き入れたい人物・ターニッシュ。

一体何者なのだろうか。


「……で、おっさん何すればいーの? 言っとくけど見世物なんて出来る才能も技術もないよ」

「ここの専属医をやってもらいたい」


今までターニッシュを蹴散らすように扱っていたベルが、真剣な面持ちで言った。

その言葉に、ターニッシュの顔つきが変わる。


(こいつ、医者だったのか?)


カシスが言うのも無理はない、というより、予想もしていなかった人材に誰もがそう思っていることだろう。


「ここは“普通”でない者の集まりさ。だから、表の医者には中々行けないのが現状でね。これからの事を考えて、専属医が欲しかったんだ。お前には団員達の健康管理を」

「断る」


今までベルに言い負かされていたターニッシュが、初めて反論した。


「俺はもう医者じゃない。ただのどうしようもない人間だ」

「追われているのを匿う、と言ったら?」


また別の意味で驚くターニッシュ。こういう展開にはある程度慣れてきているためシノンは思うが、恐らく「何故知ってるんだ」と言いたいんだろう。


「ヴァキラスに、お前目当ての怪しい奴らがぽつぽつ居たよ。さすがにどういう事をしでかしたかは分からないが、軽く撒いといた。たぶんまだヴァキラスに滞在していると思っているよ」

「はははっ! こりゃまた随分とお節介なヴィーナスに捕まったもんだな」


何かを観念したかのように、ターニッシュは笑った。


「ちょっと研究者紛いの事をして、その成果を狙われてんのさ。さすがにそうなるとちと面倒でね」

「おや、別に言わなくても良かったのに」

「ここまで普通じゃないのを知っておいて、おっさんだけ秘密もやーよ。ね、人形の嬢ちゃんに姿の変わる少年?」


シノンとアメリアは驚いた。というより、ベル並みの観察眼のある人だったなんてと、ターニッシュを改めて見直した。


「さて、その誓約書なんたらには同意するし、紛い物でよければ専属医も引き受けましょうか。つーわけで、ロープ解いてくんない?」

「ラス、シノン、解いてやっておくれ。アメリアは私と今晩の寝床の準備だ。さすがに人も多くなってきたから、移動小屋だけでは寝床が足りないからね。今夜からはテントを出すよ」


何かと準備の良いベルは、そうテキパキ指示をし、アメリアと共に外へと出た。その間、シノンとラスはベルが縛った固いロープを解くのに苦戦していた。


「ななな、なにこれ、解けない……!」

「……ねえ、大丈夫? ひょっとしておっさんこのまま?」

「切る……」


そう言ってラスは、先の尖った切るのに適した彫刻刀を取り出し、ロープを切り解いていった。


「ふー! 解放解放!」

「おじさん、そのまま逃げたら駄目だよ。多分ベルさんが地の果てまで追いかけると思う」

「少年、そんな現実味のある事言わないで……そういやぁ、何でおっさん縛られてたんだ?」


そういえばと、シノンはベルがターニッシュを連れて帰って来た時の事を思い出す。


「確か、『逃げてもまあ別にいいが、追うの面倒だからそのための保険だ』って」

「何が起ころうと……団長の計算の内」


かも、と付け足して、ラスは黙る。


「……やっぱり地の果てまで追いかけるつもりだよ」

「分かった……おっさんあの人の計算外になる自信無いから、ここで真面目に働くよ」


アメリアの声が聞こえる。恐らくテント貼りに苦戦しているのだろう。

シノンとラスに続いて、ターニッシュは外へと出る。すっかり日は落ち、頭上は星空に覆われてた。


「……まっさか、こんなな事になるとはね」


人生まだこれからだねえと、ターニッシュは誰かの名前を呟き、テント貼りに苦戦する若人の助太刀に行った。

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