623年Eランク公式試合(過去作)
初めましての方、初めまして。
いつも見てます、見てるよ、見てるんだからね、という方、お久しぶりです。
偽の妹と申します。
今回は初めてバトルものをがっつりと書きました。
バトル表現の難しさを実感した作品となりました。
まだまだ精進が必要ですね。
0話
「あれ、和美さん、早いね」
「ん、ハウトさんか」
そう挨拶を交わすのは、緑の髪をショートカットにしていて
アホ毛がトレードマークのハウトと、黒の長髪をポニーテールにまとめ、
薄い水色の着物に濃い青の袴姿の橘和美の二人だ。
「さんづけしなくていいよ」
「ならば私もさんづけしなくて構わない」
「じゃあ。私はサディア領の代表としてきたけど、和美はカミヤ領の代表?」
「代表ってほど仰々しいものではないが、そんなところだ」
サディア領、カミヤ領というのは、この世界、『ラスティア』に十数個ある領の一つだ。
領の名前の由来などは今は語らないでおこう。
また別の機会があると信じて。
「それにしても、まだ私たちしかいないね」
「それはそうだ。まだ開くまで4時間もある。朝の5時に、
ましてや人気のある選手がいるわけでもない試合に好んで待つ人はいないだろう」
「ここにいるぞー」
「……」
今日は大会があるため、この二人は朝早くから並んでいる。
Eランク公式試合。
ラスティアでは個人の強さに応じてランク付けがおこなわれる。
非戦闘員のF、戦闘員最下層E、下層D、中層C、上層B、特別戦闘員下位A、
中位AA、上位AA+の8種に分類される。
その中でも特別戦闘員上位のAA+はその中だけでもE~Sまで8種分かれるが、
数が少ないため細かな説明は省く。
Eが最下位でSが最上位だ。細かな説明してるじゃねぇか。
今回開かれる大会は戦闘員最下層、Eランクの公式試合だ。
「ちなみに私はAA+のBランクだよ☆」
「いや、知ってるが……」
「ちなみに和美はAランクだよ☆」
「誰に向かって言っているんだ?」
「そりゃ、読者の皆様にだよ」
「なんの読者だ、なんの……」
和美が若干引き気味である。
「待ってる間暇だから公式試合についての説明を、和美、よろしく!」
「いや、ハウトはもう知っているだろう?」
「だから読者にだよ、読者に」
「だからなんの読者だ!?」
和美が流石に声を荒げる。
「もー、ノリが悪いなぁ。あ、そうだ。あれよ、私がやってるゲームに例えると、
ゲームが私たちで、私たちが読者なの」
「お、おう。なんとなくは理解したが……」
「じゃ、説明よろしく」
「……」
和美が変な人を見る目でハウトを見る。
「説明よろしく☆」
「はあ、わかったよ。公式試合は6人による総当たり戦だ。1位をとった者は
後日おこなわれる入れ替え戦に出場することになる。そこで1つ上のランクの
最下位の者と戦うが、今回はEランクのため、入れ替え戦はない。
これはFランクからEランクへと上がるのが任意だからだ。
一戦は30分間。内訳は紹介、戦闘準備に5分、戦闘が10分、治療、休憩に10分、
次の出場者の準備に5分といったところだ。
なお、公式試合は出場者、観戦者ともに無料だ。しかし賞金もない。
あるのは自分のランクアップだけだが、ランクが上がれば仕事が増えることもある。
だから賞金がなくても皆は必死にランクアップを目指しているんだ。
その他細かい点はその時が発生したら説明するとしよう」
「あ、説明終わった?」
「お前が説明しろと言ったんではないか!」
「だから読者に対してだってば」
「まったく……」
和美がカリカリした様子で頭を掻く。
「それじゃ、今度は出場者について私とトークしようか」
「ああ、まあ、それぐらいなら」
そう言うと、二人は今日の対戦表を見る。
「ふむ、このメンバーを見ると、カンナあたりが優勝候補だな」
「双葉は見かけ倒しだし、ハイルも悪くないけど微妙だね」
「ポールがどこまで善戦しそうかはわかるか?」
「あいつ掃除してるとこしか見ないけど……。この雄って子は強いの?」
「いや、大したことないはずだ。疾風も筋は悪くないがカンナの敵ではないだろう」
「カンナ推すね」
「ダンゲアの連中はEの中では強い分類だからな」
「ただの学生もしくは学生上がりでは勝てそうにない、と?」
「まあ、そんなところだ」
二人は対戦表を見ながら選手たちを評価していく。
なお、今の時点で選手たちについて名前しかわからないかもしれないが、
後々登場するのでそれまで待ってほしい、というか待ってくれ。
「それじゃ、選手たちが来るまで待つとしますか」
「そうだな。あ、そうそう、最近の桜花領についてだが――」
二人は雑談をしながら、開場時間を待つことにする。
1話
「相変わらずいい席とってるわね、和美は」
「そういうハウトも私の隣ではないか」
現在の時刻は9時15分。
開場してからすぐに場所取りに向かい、特等席をものにした和美とハウト。
人気の高い試合だと席は指定席と自由席が半々ぐらいになるが、
今回のようなマイナーな試合の時は全席自由席になることがある。
実際、お客さんはまばらで、4000人ほど収容できるこの闘技場で
100人ほどしかいないだろう。
ほとんどのお客さんが特等席をゲットしたともいえる。
「さっき選手に会ったけど、カンナと疾風以外はみんな緊張してたね」
「そうだな。カンナは元からそういう柄じゃないし、
疾風は勝つためではなく楽しむために来てるからな」
「なるほどね」
「ところで、実際に選手を見て誰を推す?」
「うーん。やっぱりカンナかな」
「ハウトも同じ結論に達したか」
「個人的にはポール君に善戦してもらいたいけど、
あんなに緊張してるんじゃ期待できないかな」
「ふむ」
「自信だけなら双葉さんが一番あった感じがしたかな。
ただ、あの人は自信過剰だからハイルあたりに足元すくわれそう」
「桜花の年上たちはどうもプライドが高いのが多いみたいでな。私も苦労している」
「そっか、和美は今桜花領も行き来してるんだっけ」
「まあな」
「領主の、えーと、名前なんて言ったっけ……? その子は元気なの?」
「ああ。咲様は元気にやっている。相変わらず政よりも
人々の暮らしに興味を示しているがね」
「そっか」
二人は一通り話し終えると、黙って大会が始まるのを待った。
2話
「さあ、いよいよ始まりました、Eランク公式試合。
今回もDランクを目指す戦士がたくさん出場しているぞ。
優勝は一体誰の手に!?」
司会兼審判の男がそう言うと、会場からまばらながら拍手がもれる。
「早速第一試合にうつりたいと思います。まずはこの人!
桜花領の外務部長にして逆月家当主! 逆月双葉ーーーーー!!!!」
審判から左手に見える入口から双葉が姿を見せる。
灰色の忍び装束を纏い、やや短めのストレートの黒髪を靡かせ、
自信たっぷりに中央へと歩を進める。
「対するは、これまた桜花領出身、忍びの道を歩む、真月雄!!!!」
審判の右手の方向にある入口から雄が姿を見せる。
黒色の双葉とは違う忍び装束を身につけ、黒髪を後ろで結わえたその姿は、
緊張からか、やや震えてるように見える。
「両者、前へ」
審判がさっきまでのテンションはどこへいってしまったかの如く、冷静に告げる。
双葉と雄が所定の位置につく。
「開始10秒前」
両者、なにごとかつぶやき始める。
この開始10秒前は、攻撃以外の特技、補助スキルや呪文の詠唱などが可能である。
実戦では溜めが必要な使用しづらいスキルや呪文でも、この時間を利用して
使用することができるため、初手が非常に重要になる。
双葉も雄もこの10秒の間に自身の使えるスキルを溜めなしで発動する下準備をしている。
「試合開始!」
その言葉とともに相手に突っ込んでいく双葉。
「忍法、撒菱!」
それを予見していたのか、雄が足元に大量のまきびしをばらまく。
「はっ!」
まきびしを見て、双葉は苦無を素早く取り出し、雄に投げつける。
それをすんでのところでかわす雄。
その間に素早く印を結ぶ双葉。
「忍法、地走り!」
その言葉と同時に、まきびしがばらまかれていた地面に向かって大地が隆起していく。
そして、雄の足元にあったまきびしのほとんどが今の衝撃で地面に埋もれてしまった。
「くっ」
雄は劣勢とみたか、双葉と距離を離そうとする。
が、双葉はそれを妨げるように雄にピッタリとついて距離をとらせない。
「はあっ!」
双葉はその間に苦無をいくつも飛ばす。
雄はそれを何とか避けるが、完全にかわすことができず顔や腕に切り傷を作る。
しかし、何より雄が驚いたのは、苦無を避け終えた後に、双葉の姿が無いことだった。
「これで終わりよ」
そんな声が背後から聞こえ、雄はゾクリと背筋を冷やす。
そして、首元に苦無をあてられる。
こうなってしまっては、雄はどうすることもできない。
「……参りました」
雄は諦めるしかなかった。
「勝者、双葉!」
歓声が上がり、両者が退場していく。
「お、双葉さん、初戦勝ったね」
ハウトが話しかける。
「まあ、相手が雄では、な」
「あー、そんなに弱いんだ、あの子」
「遠距離攻撃が得意なんだが、あんなに距離をつめられては身動きができん。
接近戦に持ち込まれると並みの者と大して変わらないのが彼の致命的な欠点だ」
「それって勝てる相手いるの?」
「私の領のリアテラが接近戦しかできない上に瞬移の術が使えない影響で
間合いに入り込むことができずに敗北している」
「なるほど、それで改善しようとしないのか」
「いや、本人は努力はしているらしいんだが、まだ修行が足りないようだ」
「ふーん。雄君、今回は残念な結果になりそうね」
「ああ」
話し終えた二人はまた中央を見て次の出場者を待つ。
「さあ、次の試合は、この世界でも珍しい猫娘族の一人、カンナ‐ルウェイダと、
化け物揃いのサディア領きっての普通人、ポール‐メルビンだあ!!」
司会のそんな声にハウトがずっこけそうになる。
「なんちゅう紹介のされ方よ……」
「ハウト、私も少し同情するぞ……」
「うん……」
少し脱力はしたが、改めて中央を注視する。
「まずはカンナの登場――」
「もうここにいるニャン♪」
「うおっと!?」
素早い動きで司会者のすぐそばに現れた、両手両足に猫のような鋭い爪があり、
耳としっぽがついた体に、首から胸へのラインと腰から股にかけてのラインに
緑色の毛が生えた、人と猫の亜人のようなナイスバディの女性がカンナだ。
可愛い顔やしぐさに加え、そのスタイルの良さから男性客から歓声が上がる。
「続いて、ポールの登場だあ!」
そんな中、登場したのは青白い髪の毛に裸の上に毛皮のコートを纏ったポールだ。
緊張しているせいか、その動きは少しおどおどしているように見える。
「両者、前へ」
「はいニャン♪」
カンナはどこか楽しげに、ポールは険しい顔をして所定の位置につく。
「開始10秒前」
先ほどとは違い、お互いに相手を睨みつけているだけだ。
しかし、目に見えないが気を入れているようだ。
そして、
「試合開始!」
その言葉が発せられると、まず動いたのはポールだった。
その手には剣が握られている。
(攻撃さえあてれば勝機はある!)
「ハッ!」
カンナめがけて鋭く突き攻撃を繰り出す。
が、
「なんの!」
それを素早い動作でかわし、隙だらけのポールの腹に拳打をめり込ませる。
「ぐっ」
「必殺、百烈拳!」
そう叫んだカンナは、目にも止まらぬ拳打の嵐をポールに浴びせる。
「がっ、ぐっ、痛っ」
ポールは必死にガードするも、防ぎきれずにうめき声を上げる。
「まだまだいくニャ♪」
なおも拳打の嵐を浴びせるカンナ。
しかし、ポールも黙ってやられているわけではない。
「ハッ!」
相手の攻撃の間をくぐり抜けるように鋭い突きを放つ。
「ニャ!?」
それがカンナの腰をかすめる。
するとどうだろう、カンナは体勢を崩し、ふらふらとおぼつかない足取りになる。
ポールの得意技である、睡眠を誘う剣、だ。
彼が放つ攻撃は、わずかに触れただけでも相手に睡魔が襲う。
それでカンナはふらふらになったのだ。
そして、この特技は攻撃を加えれば加えるほど睡魔が強くなり、
一定の域を超えると相手は眠ってしまう。
(今がチャンスだ!)
すかさず連続切りを仕掛けるポール。
「ニャ、ニャ、ニャ」
それをふらつきながらも全てかわすカンナ。
ポールも攻撃の手を緩めない。
「ハッ、ハッ!」
今度は連続突きだ。
「ニャ!」
これをカンナは大きく後方に下がって避ける。
「させるか!」
ポールがカンナへと飛び込む。
が、
「かかったニャ!」
カンナは右手に気を集中させていた。
この時にはすでに睡魔を振り払っていたのだ。
「!!」
ポールはそれに気がつくが、体勢を変えられない。
「必殺、ネコネコ波!」
右手に集中していた気をポールめがけて一気に開放する。
すると、まるで極太のレーザーのような光がポールを襲う。
「うわああああ!」
ポールはその衝撃で大きく吹き飛ぶ。
大きな気のエネルギーを受けたその体は思うように動かすことができなかった。
「ポール選手ダウン!カウントをとります!」
ポールは何とか立とうと試みるものの、体が言うことを聞かない。
「6、7、8……」
(くそっ、立て!立ってくれ!)
必死にもがき、そして、やっとの思いで体を上げる。
しかし、そのままバランスを崩し、再び倒れ込む。
「……18、19、20!カンナ選手の勝利!」
結局、ポールは立ちあがることができなかった。
「やったニャ♪」
歓声が上がる中、それに答えるように手を振りながら退場するカンナ。
ポールはやってきた治療班の人たちに運ばれていった。
「まあ、善戦した方かな」
ハウトは試合を終えて感想を述べる。
「力の差を考えれば一度チャンスを作っただけでも大したものだろう」
和美も自分の考えを言う。
「しかし、あんなに怪我をしてしまっては、次の試合に響くのではないか?」
「そうだね」
和美の問いにハウトが答える。
「あ、見てる方に分かりやすくいうと、HPが半分以下まで減ってると、
最大HPの半分しか回復してくれないから次の試合に影響が出るんだぞ☆」
「……なんの説明をしているんだ?」
「ほら、ダメージが大きい時は最低限の治療と一部の体力回復しかしてくれないじゃない」
「ああ、そのことか」
「そ。ちなみに魔力の回復も同様だよ」
「そうだな」
「みてる方に分かりやすくいうと、MPも最大の半分しか回復しないんだよ☆」
「私にはかえって分かりにくくなっているがな」
「和美はもう少しゲームをした方が良いと思うな」
「ふむ、考えておこう」
一通り会話をし、再び中央を見る。
「続いての試合は、訓練生ハイル‐フユンゲル対
ホテルマン飛翔疾風|ひしょうはやての試合だ!
まずはハイルの入場!」
司会の言葉が終わり、一人の女性の姿が現れる。
肩まである無造作な赤い髪と赤い目、黄色がかった革の胸当て、
ジーンズの五分丈のパンツ、二の腕と腰回りに鉄の装備と、やや軽装な戦士の姿だ。
「続いて、疾風の入場だあ!」
ハイルの反対側から、黒の背広、白のワイシャツ、黒のズボン、
青と白のストライプ柄のネクタイ姿の黒髪ショート、黒目の青年が姿を現す。
「両者、前へ」
互いの距離は10メートルといったところだろうか。
ハイルは剣気を相手に送るも、疾風はそれを難なく受け流す。
「開始10秒前」
ハイルは剣を抜き、疾風は両手をズボンのポケットに入れ、互いに構えをとる。
「試合開始!」
司会の掛け声がかかる。
しかし、お互いに動く気配がない。
「ふむ、両者とも反撃が得意だったな」
和美がつぶやく。
「なるほど。だから自分から仕掛けずに、待機を決め込んでるのか」
「ああ。しかし、そのままではおそらく……ほら」
「両者、早く動きなさい」
審判が二人を急かす。
すると、ハイルが剣を上段に構える。
そして、
「竜巻!」
掛け声とともに剣をその場で力いっぱい振り下ろす。
すると、ハイルの目の前で大きな竜巻が出来上がるではないか。
しかもそれは、疾風の方に向かっている。
だが、疾風は予見していたかのように、あえてその身を竜巻の中へと投じる。
(やはり……。ならば、仕掛けてくるとしたら……)
ハイルは考えた。
私なら反撃が得意な相手がどこをとるか、を。
そして、
「はあああ!!」
まるで自身も竜巻かのように鋭く全身をひねり、自身の後方へと斬撃を繰り出す。
「おお!」
疾風は攻撃を完全に読まれ、驚きの声を上げる。
だが、持ち前の体術を駆使し、斬撃をかわしたと思ったら、即座に次の手に出る。
無詠唱による風の刃による斬撃だ!
刃はハイル目がけて飛んでいく。
「ふっ!」
それを剣で受け、体勢を整える。
そして、再び膠着が訪れる。
今度は疾風が動いた。
強く後方へと移動する。
「風よ、大きく渦巻き、敵を吹き飛ばせ……」
疾風は詠唱を始める。
それを見たハイルは、疾風に向かって駆けていく。
詠唱を終え、疾風は手を突き出し、呪文を叫ぶ。
「サイクロン!」
今度は疾風が竜巻を呼びだした。
そして、ハイルは迷うことなく剣を上段へと構え、振り下ろす。
「竜巻!」
二つの竜巻がぶつかり合い、力を失っていく。
だが、疾風の目的は別にあった。
「風よ、我が足となり、飛翔せん……」
竜巻がぶつかり合っているうちに次の呪文の詠唱に入る。
そして、
「ウィンドラン」
疾風は呪文を唱え、足元に風の魔力でできたオーラを纏う。
ハイルは次の攻撃に備え、構えを正眼へと変える。
が、
「ぐっ!」
ハイルは突然吹き飛ばされた。
いや、疾風がものすごい速さでハイルに近づき、回し蹴りを浴びせたのだ。
ハイルは吹き飛ばされながらも体勢を立て直そうとする。
しかし、疾風はそれを許さない。
先ほどと同じく、ものすごい速さでハイルの後方へと移動すると、
ガラ空きの背中に掌底を繰り出す。
「がはっ!」
ハイルはもろに掌底をくらい、息ができなくなる。
下手に避けようとして、逆にみぞおちに入ってしまったのだ。
「うう……」
ハイルがもがくが、思うように体が動かない。
「ダウン、カウント1、2、3……」
疾風は呪文を解き、距離を置いてその様子を見る。
ハイルは一回動きを止め、精神を集中させる。
(かなり苦しいが、立てないことはない)
「16、17、18、19、あっ!」
ハイルは、剣を杖にし、足を震わせながらも、立った。
そして、剣を正眼に構え直す。
「フフ、やはりあなたは楽しませてくれる」
疾風はその姿を見て、実に楽しそうな笑みを浮かべる。
「では、再戦と参りましょうか」
疾風は両手をポケットに入れ、構えをとる。
「試合再開!」
その言葉と同時に疾風はハイルへと駆け出す。
ハイルは再び上段に構える。
「隼!」
「!!」
聞き慣れぬ技名に疾風は動きを止める。
疾風は先ほどの上段の構えから、再び『竜巻』がくると踏んでいた。
しかし、ハイルは先ほどとは少しだけだが違う構えをしていたのだ。
それを見破れなかったのが、疾風の最大のミスだ。
ハイルが、目にもとまらぬ速さで疾風の前へと移動し、
その勢いですれ違いざまに斬り、またすれ違いざまに斬り、を繰り返す。
「がはっ」
たび重なる斬撃をくらい、疾風が倒れる。
「ダウン!1、2、3……」
ハイルは肩で息をしながら、疾風を見る。
すると、
「はっははははは。いやあ、やられた。あんな隠し玉があるなんてね」
疾風は愉快そうに笑いながらそう言った。
「本当なら、カンナ戦まで、とっておきたかったんだけどね」
ハイルが答える。
「フフ、じゃあ、カンナ戦は大変かもしれないね」
「まったく、あなたのせいですよ」
「フフ、すまないな」
二人が楽しそうに会話をする。
「えーと、試合はできますか?」
審判が尋ねる。
「いや、やめておくよ。今回は私の負けだ」
「では。勝者、ハイル!」
司会者がそう告げ、両者が退場していく。
「いやはや、予想外のことが起きたねえ」
「まったくだ。まさかハイルが疾風を破るとはな」
「それに、二人とも擬似的とはいえ瞬移の術みたいなことしてたしね」
「それも驚いたな。この分だとカンナも苦戦するかもしれんぞ」
二人が両者の戦いを振り返りながら話す。
「でも、そこは付け焼刃なところがあって。実用的じゃないよ、あれは」
「む、そうなのか?」
「瞬移の術で一番大事なのは何?」
ハウトが指を顔の横で立てながら質問する。
「それは、相手との間合いを一瞬でつめる速さではないのか?」
「間違ってはないけど、私たちみたいな高ランクの場合を考えてみて」
「む。うーむ……」
「あれじゃ乱発できないでしょ? Eランクだから良いようなものの、
Bランクじゃ致命的だよ」
「なるほど。私たちはごく自然に使ってたから気にしたことないが、
最小限の魔力で最大限の移動効果を出すようにしているな」
「そ。Dランクに上がったらその辺を考えないと勝ち抜けないだろうね」
「一昔前と比べてDランクも質が上がったもんだ」
「あ、ちなみに、瞬移の術は要は某魔法漫画の瞬○術と同じだからね☆」
ハウトがどこともわからない場所に向かってウィンクをしながら言う。
「おい」
「なに?」
「厳密には○地とか虚空○動も瞬移の術に入るのではないか?」
「入るね」
「なら同じではないではないか」
「そうツッコまれるとは……」
ハウトが驚愕の表情を浮かべる。
「誰に言っていたかは知らんが、ちゃんと正しく伝えるべきだ」
「はーい☆」
「まったく反省しているように見えんぞ……」
そんな会話をしながら、次の試合を待つ二人。
3話
「さあ、今日の試合の出場者は一通り出揃いました! 次の試合は、逆月双葉選手対
ポール‐メルビン選手だあ! まずは、双葉選手の入場ー!!」
審判の右手側から双葉が姿を現す。
そして、自信たっぷりに真ん中へと歩を進める。
「続いて、ポール選手の入場ー!!」
続いて、左手側からポールが姿を現す。
先ほどまでと違い、緊張は大分解けていたが、
体のあちこちに前回の試合で負った傷が残っている。
「両者、前へ」
お互いを睨みつける二人。
「開始10秒前」
双葉は前回と同様に何かをつぶやき始める。
それに対しポールは、剣を抜いて構えるだけだ。
「試合開始!」
先に動いたのは双葉だった。
「忍法、地走り!」
大地の隆起がポールめがけて襲ってくる。
「くっ」
ポールはそれを大きく避けてやり過ごす。
「はっ!」
すかさず双葉は苦無をポールに投げる。
だが、ポールは苦無をわずかな挙動で全て避ける。
次の相手の手に対応するために構えを崩さずに避けているのだ。
双葉は苦無での攻撃が有効でないと感じたのか、接近戦に打って出る。
だが、それこそポールの狙いだった。
(双葉は動きは速いが、攻撃時に近づいてくるなら、その瞬間を狙えば良い)
そして、双葉は予想通り素早く動き、相手の背後から苦無を繰り出すが、
ポールはそれを振り向きざまにかわし、鋭い突きをお見舞いする。
「くっ!」
双葉に猛烈な眠気が襲う。
ポールはそんな双葉にたたみかけるように連続斬りを浴びせる。
避けようとする双葉だが、思うように体が動かず、
かわしきれない斬撃が更なる睡魔を誘う。
そして、
「あ……」
双葉は崩れ落ちるようにその場に倒れた。
審判が双葉のもとに駆け寄ると、双葉は静かに寝息を立てていた。
「双葉選手試合続行不可能により、勝者、ポール!」
ポールは歓声を受けながら退場し、双葉は治療班に運ばれていった。
「おお、ポール君勝ったね」
「そうだな」
「にしても、双葉はどうしてあんな見え透いた策に突っ込んでいったんだろう?」
ハウトが頭に疑問符を浮かべながら尋ねる。
「そこまで考えていないのではないか?」
「ああ、戦いは考えるより動け、て人か」
「おそらくは。私も確証があるわけではないがな」
「戦いこそ色々考えるもんなんだけどなあ」
「考えるイコール勉強で悩んでいる様子を思い浮かべるのだろう。
だから戦いの最中に考えることを躊躇してしまう」
「ま、要するにバカってことでしょ?」
「身も蓋もないな」
和美が肩をすくめながら言う。
「さて、次はカンナ対疾風か」
「うむ。今回の一番の目玉だと思うが、ハイルが台風の目になっていることから、
一番というのはいささか違う気もしている」
「ま、試合をまったり見ましょうよ」
「そうだな」
二人は話は終わったとばかりに会場を見る。
「続いての試合は、カンナ‐ルウェイダ選手と飛翔疾風選手だ!」
「うにゃ?」
「今度は驚かないぞ! カンナ選手が入場ーー!!」
男性客から歓声が上がる。
「続いて、疾風選手の入場だーー!!」
今度は女性客から歓声が上がる。
「ちっ、これだからイケメンは……」
「ハウト、なんか雰囲気がいつもと違うぞ?」
「ハッ。なんでもないよ?☆」
「……ならいいが」
「両者、前へ」
審判が促すと、二人は前へ出る。
「開始10秒前」
二人とも何とも楽しそうな笑みを浮かべながら相手を睨む。
「試合開始!」
掛け声と同時に、カンナが動く。
「にゃ!」
素早く間合いを詰め、鋭い回し蹴りを放つ。
「ふっ」
それをひらりとかわし、無詠唱の風の刃をカンナめがけてうつ。
「なんの!」
それを横へ避けることでやり過ごすと、
「必殺、ネコネコ乱舞!」
連続で蹴りや拳打を繰り出す。
「はっ、ふっ」
全てを受け流すことはできなかったが、クリーンヒットを全て避けた疾風。
「まだまだ!」
さらに連続で拳打を出す。
「ふむ」
そう言うと、大きく後ろへ下がる疾風。
しかし、カンナは即座に距離をつめ、間合いを離さない。
「にゃ!」
もう一度回し蹴りを放つ。
が、
「うにゃ!?」
突風が吹き、大きくバランスを崩す。
「フフ、かかりましたね」
疾風は、避けながら簡単な突風を発生させる呪文を唱えていたのだ。
さらに、連続で指パッチンをすると、風の刃が複数発生する。
「うにゃ、うにゃ!?」
徐々に間合いを離されるカンナ。
「風よ、我が足となり、飛翔せん……」
すかさず詠唱をする疾風。
「ウィンドラン!」
足元に風のオーラを纏い、一瞬でカンナの懐へと飛び込む。
「にゃ!?」
そして、強烈な掌底を繰り出す。
「にゃう!?」
カンナの体勢がぐらりと崩れ、倒れそうになる。
だが、疾風は攻撃の手を緩めない。
再び間合いを詰めたかと思うと、強烈なハイキックをお見舞いする。
カンナが前のめりに倒れたところを、さらにひざ蹴りで追い打ちをかける。
「がっ、ぐっ」
そして、大きく距離をとる疾風。
そこでようやく呪文を解き様子を見る。
カンナは倒れたまま動かない。
「カウント1、2、3……」
「ふむ」
疾風としては、相手はまだ起き上がるモノと踏んでいる。
しかし、カンナは動く気配がない。
審判がカウントをやめ、カンナの様子を調べる。
と、
「勝者、疾風!」
勝者を告げる声が発せられた。
カンナは気を失っていた。
男性客のブーイングと、女性客の歓声を受けながら退場していく疾風。
カンナは治療班に運ばれていった。
「いやー、予想外のことは立て続けに起きるもんだね」
「うむ、私も驚いている」
そう話すハウトと和美。
「揃って優勝候補に挙げてたカンナがまさか疾風に敗れるとは、ね」
「まったくだ。疾風もハイルも想像以上に成長しているようだな」
「だね。Eランクもまた質が上がってるって感じね」
「うむ。過去のEランク上位者も気が抜けないな」
「うん」
「さて、次の試合だが――」
「ああ、私はちょっと席外すね」
「見る価値なし、か」
「どうせハイルが勝つでしょ?」
「だろうな」
「ちょっと食べ物買ってこようかと思って。和美はなにかいる?」
「いや、私は大丈夫だ」
「了解、じゃあ行ってくるね」
そう言って、席を立つハウト。
和美はそのまま中央を見る。
「次の試合は、ハイル対雄だ!! まずはハイル選手入場!!」
1回戦目に比べて幾分緊張が解けたハイルは、堂々とした足取りで中央へと向かう。
「続いて、雄選手入場!!」
対してまだ緊張が解けてない雄は動きが硬い。
「両者、前へ」
剣を抜き、構えるハイル。
「開始10秒前」
ハイルはそのまま正眼へと構え、雄はなにやら印を結ぶ。
「試合開始!」
掛け声と同時にハイルが上段へと構えを変える。
それを見た雄はあえて動かず様子を見る。
「竜巻!」
雄めがけて大きな竜巻を発生させる。
「はっ! 含針!」
それを大きく避けて攻撃を仕掛ける。
「ふっ!」
雄の攻撃を避けつつ、雄に接近するハイル。
「させん!」
ハイルが近づくのを持ち前の足の速さで距離をとる。
ハイルは追いかけながら思考を巡らす。
(やはり足があるな。仕方がない……)
ハイルが再び上段に構える。
それを見て大きく距離をとる雄。
「隼!」
「!?」
掛け声と同時に瞬時に間合いを詰めるハイルと驚きに逆に身動きが取れなくなる雄。
そして、ハイルは雄の背後にまわり首筋に剣をあてる。
「くそっ……。参りました」
雄は苦々しくつぶやく。
「勝者、ハイル!」
4話
「さぁ次の対戦は、双葉対疾風だー!! まずは双葉選手の入場!!」
先ほどとは違いやや緊張した面持ちで登場する双葉。
「続いて、疾風選手の入場!!」
対して疾風はいつもの余裕顔で登場する。
すると、先ほどの試合の影響だろう、黄色い歓声と野太いブーイングが発生した。
「両者、前へ」
双葉はきっと相手を睨みつけ、それをやんわりと流す疾風。
「開始10秒前」
ポケットに手を入れ、構えをとる疾風、詠唱を始める双葉。
「試合開始!」
開始とともに双葉が地面に手をあてる。
「忍法、地走り!」
地面が隆起していき、疾風めがけて走っていく。
それをひらりと避け、待機状態を維持する疾風。
「はっ!」
そこへ双葉は立て続けに苦無を投げる。
しかし、どれもたやすく避ける疾風は、避けながら一歩一歩間合いを詰める。
「フフ」
笑みを浮かべながら近づいてくる疾風は不気味な佇まいだ。
それを恐れたのか、双葉は一度距離をとる。
しかし、それが大きな間違いだった。
疾風は双葉が逃げていったあたりをきっと睨むと、
双葉の周辺にいくつもの風の刃が発生する。
「な!? きゃあああああ!!!!」
双葉は突然襲ってきた風の刃になす術もなく切り刻まれ倒れる。
「ダウン、カウント1、2、3……」
双葉はいたるところにできた深い切り傷で血まみれになっている。
必死に立ち上がろうともがくも、それが自身の体力を削っていく。
「……18、19、20!疾風選手の勝利!」
結局立ち上がるどころか、身動きすらままならない状態にまでなってしまった。
疾風は余裕の表情のまま退場していき、双葉は治療班に運ばれていった。
「ただいま~」
「ん、戻ったか」
ハウトが戻ってきたことで視線をハウトへと向ける和美。
そして手に持っている大量の食料を見て、呆れた顔で溜息を吐く。
「いくらなんでも買いすぎではないか?」
「そうかな?」
「焼きそば10パックは買いすぎだろう、どう考えても」
「じゃあ半分あげる」
「いらんわ!」
「じゃあどうするのよ、こんなに買ったのに」
「なぜ私が悪いみたいになっているのだ!?
そもそも買った時に気がつかなかったのか!?」
「??」
声を荒げる和美に対し、よくわからないと言わんばかりに首を傾げるハウト。
「まったくあなたという人は……。何パック食べるんだ?」
「2パック」
「じゃあ7パックもらおう」
「え、そんなに食べるの!?」
「私ではない! 余る分を周囲の人に配ってくる」
「えー、せっかく買ったのにー」
不満顔のハウトに血管が浮き上がりそうな和美だが何とかこらえる。
「腐らせるわけにもいかんだろう」
「終わった後に領に持って帰ればお土産になるじゃん」
「冷めた料理を皆に食べさせるのか?
そもそも夕飯を作っているものに配慮しているか?」
「むー……。電子レンジあるから温められるもん」
「だが、せっかく皆のために夕飯を作っているものに対してどうするんだ?
どうしても持ち帰りたいというなら連絡取って許可を得てからにするんだ。いいな?」
「わかったよ、お母さん」
「誰がお母さんだ!」
会話が済んだところでハウトが連絡をとるために再度離席する。
器用に10パック持ちながら。
和美は渡した時に袋を用意しない店員に対しても疑問を抱きつつ、
試合の観戦に戻ることにする。
「さあ、次の試合はカンナ対ハイルの試合だ!!まずはカンナの入場!!」
今までと違い、紹介されてから少しゆったりとした動作で会場入りするカンナ。
どうやら前回の試合のダメージが残っているようだ。
「続いて、ハイルの入場!!」
歓声とともに現れたハイルは、やや緊張した面持ちだ。
「両者、前へ」
カンナがふにゃっとした笑顔から凛々しい顔へと変わり、ハイルを威圧する。
ハイルもそれに負けないように相手を睨みつける。
「開始10秒前」
ハイルは剣を抜き、上段に構える。
それを見たカンナは両手に集中させていた気を全身へと分散させる。
「試合開始!」
開始直後に動いたのはハイルだった。
「竜巻!」
大きな竜巻が発生し、カンナのいる方へ向かう。
「にゃ!」
それを持ち前の身のこなしで避けるカンナ。
しかし大きく近づくことはなく、一定の距離で立ち止まる。
ハイルが反撃が得意なのをカンナは知っている。
だからこそ不用意に近づかず距離をとっている。
「にゃ!にゃ!」
カンナは両手から気弾を飛ばす。
「ふっ!」
ハイルはそれを最小限の動きで避け、間合いを詰める。
そして、カンナの得意な距離でもある近接戦へと持ち込む。
それを感じたカンナは反撃を食らうリスクを考えたが、
せっかく自分の得意な間合いになっているなら、と攻撃に転ずる。
「必殺、ネコネコ乱舞!」
連続で拳打や蹴りを繰り出す。
ハイルはそれらを最小限の動きで最小限のダメージに抑える。
「ふっ!」
そして、8発目あたりで袈裟斬りをお見舞いする。
「にゃ!?」
カンナは攻撃の最中に斬撃がきてしまい回避を試みるも腕に大きな切り傷を負ってしまう。
「やっぱり厄介にゃ」
「ふふ」
思わず愚痴がこぼれるカンナと不敵に笑うハイル。
「なら、これならどうかにゃ!?」
カンナは近接を維持しつつ、両手に気を集める。
それを見たハイルはすかさず上段に構える。
だが、ハイルの予想と違い、飛んできたのは大量の気弾だった。
しかも気弾一つ一つが速く、近距離なせいもあって避けるのは困難だった。
「竜巻!」
数個被弾するも、自慢の竜巻で気弾を薙ぎ払う。
しかし、
「ぐっ」
その隙を見逃さず背後から回し蹴りを繰り出すカンナ。
ハイルはその蹴りをもろに受けてしまい大きく吹き飛ぶ。
「ダウン、カウント1、2、3……」
カウントをとる審判に距離をとるようにジェスチャーされ、
カンナは5メートルほど離れたところまで下がる。
一方ハイルは、動く気配こそないものの、しっかりと呼吸を整えていた。
「15、16、あっ!」
呼吸を整えたハイルはすっくと立ち上がり、審判に大丈夫だという意思を
伝えるために頷いた後、剣を上段へと構える。
「試合再開!」
今度はすぐに戦況が動いた。
「隼!」
ハイルが今大会で必勝の技、隼を使い一気にその間合いを詰める。
が、
「ぐっ」
はじき飛んだのはそのハイルだった。
自分の背後に突っ込むであろうと考えたカンナは
まずその道筋に足を置きハイルのバランスを崩す。
勢いがついたままバランスを崩されたハイルに裏拳をかますことで、
隼を見事に攻略したのだ。
バランスを整え、再度カンナに突っ込むハイル。
今度は背後をとるのではなく正面を狙った。
しかし、カンナはそれをも予想済みだった。
「がっ!」
正面に立った直後に強烈な右ストレートをあごに喰らう。
ハイルはその場で崩れ落ち、手から離れた剣がカランと音を立てた。
審判が様子を見に行き、そしてこう告げる。
「勝者、カンナ!」
ハイルは完全に気を失っていた。
もし、カンナ戦で初めて隼を使っていたら虚を突き、勝つこともできただろう。
これが試合の恐ろしいところだ。
一方カンナも、戦いが終わったことが分かると、その場へ膝をついた。
「にゃ~……。疲れたにゃ~……」
カンナはカンナで、前回のダメージが残ったままの状態で神経を使う試合をしたせいか、
立って歩くのも困難なほど疲弊していた。
次回もまたダメージが残ったまま戦うことになるだろう。
意識のあるカンナと意識のないハイルがともに治療班に運ばれていく。
「ただいまー。試合終わっちゃった?」
焼きそばを2パックだけ持ってきたハウトが和美に尋ねる。
「ん? ああ、今終わったところだ」
「あー、一番の見どころ見逃したー」
「結果はカンナの勝利だ。流石はカンナ、ハイルの隼を見事に攻略していたぞ」
「うわ、すごく見たかったわそれ」
「フフ、残念だったな。ところで、焼きそばはどうしたんだ?」
「ヒサメに事情話したら全部引き取ってくれたわ。あ、あと、これは和美の分」
そう言うと、和美に1パック差し出し、笑顔を見せるハウト。
「せっかくの好意だし、甘えるとするか。ありがとう」
「いえいえ~」
「あと、氷雨殿に感謝するのだぞ」
「もちろん。お礼は言ったし、帰ってからも言うつもりだよ」
「うむ」
「さて、次の試合は食べながら見るとするか」
「だね。私も食ーべよっと」
焼きそばのパックを開けて二人は食べ始める。
「白熱の3戦目も次でラスト!! ポール対雄の戦いだー!! まずはポールの入場!!」
ポールは前回と違い、傷一つない状態で現れる。
「続いて、雄の入場!」
一方雄も傷一つないが、こちらは二度の降参での無傷のため、
なんとしても勝ちをとりたいとの必死さが伝わってくる。
「審判の人、呼び方がまちまちだね」
ハウトが疑問に思ったことを口にする。
「演出だろう」
和美はそれを一言で片づけ、試合を注視する。
「両者、前へ」
ポールと雄が所定の位置につく。
「開始10秒前」
ポールは剣を抜き、雄は忍び装束に手を入れる。
「試合開始!」
開始と同時にポールが駆けだす。
それを見越してか、雄もすぐに動く。
「忍法、撒菱!」
自分の周囲に大量の撒菱をまく雄。
近づけずにいるポールに対し、さらに追撃を仕掛ける。
「はっ!」
ポールに向かっていくつも苦無を投げつける。
「くっ」
避けるために距離をとるが、執拗に飛んでくる苦無に悪戦苦闘する。
(何とかして近づきたいが、どうすべきか……)
一定距離をとったことで攻撃が止んだため、思考を巡らすポール。
だが、雄は次の策をすでに考えていた。
「忍法、影分身!」
印を結び終え、ボワンと音を立てて撒菱の外に現れたのは、雄そっくりの分身だった。
分身は苦無を構えると、ポールへと向かっていく。
だが近接が得意なポールにとって、苦手な雄の、ましてや分身相手に遅れはとらない。
「ふっ!」
分身の心臓部を一突きすると、分身はまたボワンと音を立てて消えてしまった。
互いに打つ手がないのか、しばし静寂が訪れる。
先に動いたのはポールだった。
やや下がった後、雄に向かって全速力で突っ込んでいく。
「忍法、含針!」
それを見た雄も細かい針を何十本も吹き出して応戦する。
だが、ポールがとった行動は雄の想像を超えていた。
撒菱地帯をジャンプして、針を避けようともせず強引に突っ込んできたのだ。
「っだらああ!!」
痛みに顔をしかめるも、鋭い突きを放つポール。
「くっ!」
雄は避けきれずに腕に突きを喰らう。
そして、強烈な睡魔に襲われる。
ポールお得意の睡眠を誘う剣だ。
「ぐっ」
一方ポールは撒菱地帯に着地して足に激痛を覚えるものの、
ここが勝機とばかりに連続突きをかます。
そして、雄がついに睡魔に勝てず倒れる。
審判が撒菱を瞬時に払いながら近づき、雄の様子を確認する。
「勝者、ポール!」
ポールはガッツポーズを決めるも、すぐに足の痛みに顔を歪める。
「すみません、僕も担架に乗せてもらってもいいですか? 歩けないんです」
どうやら強引に撒菱を突破したことで満足に足が動かなくなったようだ。
審判は素早く連絡をとると、雄を運びに来た人に続いてもう一組、
担架を持った人たちがやってきた。
ちなみに、地面に撒かれていた撒菱は審判が試合終了を告げた後に
和美でさえ追いきれないほどの目にもとまらない速さで片づけていた。
「ふむ。ポールは残りの試合を捨てたか」
「だろうね。残りが優勝候補のハイルと疾風だからね。
というか、カンナ、ハイル、疾風の3人での対戦が
全員1勝1敗だから全員優勝になるんじゃない?」
ハウトが氷雨に渡す用の試合結果表を見せながら和美に尋ねる。
「む、たしかに。そうなると入れ替え戦は抽選になるか」
「だね。しかしポール、雄君に随分苦戦したわね」
「リアテラ同様、瞬移の術もなく間合いに入るまでは劣勢だったからな。
近接しか戦う術がないのならやはり瞬移の術は必須だな」
「まあその辺はEランクだから仕方ないとも言えるけどね」
「うむ」
食べ終わってそこらへんに置いといた焼きそばのパックを回収しに来た係員に
頭を下げながら会話をする二人。
「さて、あと6試合か」
「だね」
そう言うと、再び中央に視線を向ける。
5話
「さあ、試合の方は折り返し地点を超えて4戦目に突入!!
まずは双葉対ハイルだ!! 双葉選手、入場!!」
双葉は平静を装っているが、体にはいくつもの切り傷が残っていた。
前回の試合でのダメージが残っているのだ。
「続いて、ハイル選手の入場!」
ハイルも同様、前回の試合での傷が残っていた。
服に隠れて見えないが、いくつものあざがその体に刻みこまれている。
「両者、前へ」
二人ともお互いを睨みつける。
「開始10秒前」
双葉は印を結び、ハイルは上段へと剣を構える。
「試合開始!」
両者同時に動き始める。
「忍法、地走り!」
「隼!」
大地が隆起し、相手を追い始めたが、
「ぐっ」
まずは先制にハイルが一太刀浴びせる。
そこで双葉は絶句する。
ハイルが背後に回ったせいで、自分に向かって大地が隆起してくるではないか。
これはまずい、と、大きく避ける。
「くっ」
そしてもう一太刀浴びせる。
さらに隆起の進行線上に再び入ってしまったため、背後から自分の技を喰らう。
「くはっ」
幸い距離設定が短かったため一発喰らったところで止まってくれたが、
自分の技で打撃を受けてしまうという失態を晒すことになってしまった。
「ん?」
一方ハイルは自分の意図してたのとは違うタイミングで隼が解けてしまう。
どうやら隼に必要な魔力を使い果たしてしまったようだ。
ただでさえ消耗の激しい技を毎試合使うことになった結果だ。
ハイルは軽く舌打ちして、双葉へと斬りかかる。
ふらついていた双葉は、ハイルが攻めてきたのを見て何とか応戦するも、
斬撃の勢いを受けきれずに倒れる。
そして、首筋に剣をあてられて、
「……参りました」
降参を余儀なくされた。
「勝者、ハイル!」
「なんというか、双葉ってどんだけバカなの?」
「……言うな」
自分の技を自分で喰らうという、滅多に起きない珍事に二人とも呆れている。
和美にとっては、自分と交流のある領の上層部がこうでは、と不安になったそうな。
「……」
「……」
お互い無言のまま次の試合を待つ。
「次の試合はカンナ対雄だ!! まずはカンナ選手入場!!」
いつもよりやや足取りが重そうな感じでやってきたカンナ。
「続いて、雄選手入場!!」
雄もやや足取りが重そうだが、こちらは精神的な面でのことだろう。
「両者、前へ」
二人が所定の位置につく。
「開始10秒前」
カンナは両手に気を集中させ、雄はそれを見て自由に動けるように構える。
「試合開始!」
開始早々にカンナが動きを見せる。
「必殺、ネコネコ波!」
雄めがけて極太のレーザーのような光が襲いかかる。
「くっ」
想定より大きかったのか、大きく避けたが余りの大きさに腕の一部に大きなけがを負った。
大きい何回いうねん。
だが、カンナは雄にチャンスを与えることはなかった。
雄はトントンと背中を叩かれたと思うと、背後にはにっこりと笑いながら
左手に気を集中させたカンナが立っていた。
「どうするにゃ?」
左手を零距離で構えられ、雄はまたかと思いながらも、
「参りました」
降参することを決めた。
「勝者、カンナ!」
「早っ! て言うか短っ!」
「正に瞬殺だな」
開始までの紹介の方が短いのではないかというぐらいすんなり試合が終わったことに
衝撃を受けるハウトと冷静に受け止める和美。
「さて、次の試合はポールと疾風か。まあ勝ちは疾風さんだろうけど」
「だな」
「えー、続いての試合ですが、ポール選手棄権のため、疾風選手の勝利です」
「……」
アナウンスを聞いて絶句するハウト。
「万全な状態でハイルと戦いたかったのだろう、きっと」
フォローを入れる和美もどこか呆れ気味だ。
「いや、まあ、うん、いいんだけどね。その、ね、話の展開的に棄権はどうかな、と」
「言いたいことがあるなら私ではなく本人に言ってくれ」
「あー、うん。まあいっか」
「うむ」
二人はちょっと脱力しながら試合の続きを見ることにした。
6話
「さあ、今大会も最終戦に突入しました!! 優勝は一体誰の手に!?
最終戦一組目は双葉対カンナだーー!! まずは双葉選手入場!!」
双葉は前回の降参がよほどプライドに障ったのだろう、
かなりのプレッシャーを放っている。
「続いて、カンナ選手の入場だーー!!」
一方のカンナは、伸びをしながらやってきた。
ものすごくリラックスしていると言えよう。
これがまた双葉のプライドに障った。
「両者、前へ」
カンナもすっと戦闘モードに入る。
「開始10秒前」
カンナは両手に気を集中させ、双葉はありったけの苦無を手に持つ。
「試合開始!」
開始とともに動いたのは双葉だった。
「っくらえ!」
持っていた苦無を一気に投げる。
「必殺、ネコネコ波!」
しかし苦無の群れは気の塊に一瞬で霧散してしまう。
気の塊は勢いを失うことなく双葉へと向かう。
「ちぃっ!」
大きく舌打ちをした双葉は避けるために大きく右へ飛ぶ。
だが、移動先にはカンナがすでに回りこんでいた。
「必殺、ネコネコ乱舞!」
カンナの連続攻撃を受けきれずに次々と打撃を喰らう双葉。
「がっ、くぅ、つっ」
「にゃあ!」
そしてとどめとばかりにハイキックを仕掛けるが、
動作が大きかったため双葉は何とかそれを回避する。
しかし、カンナはなおも攻撃の手を緩めない。
「にゃ、にゃ、にゃ!」
今度は気弾による連続攻撃だ。
比較的近距離でそれを撃たれてしまっては満足に回避もできない。
「きゃーーーーー!!」
気弾をもろに受け悲鳴をあげる双葉。
一定数放ったところでカンナが攻撃を止める。
そこには倒れた双葉がいた。
審判が双葉に近づき、様子を確認する。
「勝者、カンナ!」
カンナの最終戦は圧勝で幕を閉じた。
双葉にとっては満足に反撃すらできず惨敗だった。
「まずは一足先にカンナが4勝1敗、と」
対戦結果表にすらすらと記入していくハウト。
「なんというか、双葉は戦い方が下手だな。相手が完全に格上だから仕方がないが……」
「あれは誰と当たってもダメだよ。必要ないプライドの塊じゃん」
和美が何とかフォローするも、ハウトが一刀両断する。
「一応雄には勝っているが……」
「あれでしょ、同じ領だから何とかなってるだけじゃん?」
「うーむ……。外務部長としてもう少し何とかしてもらいたいんだがな。
あれでは他に足元を見られ、プライドが邪魔してますます領が閉鎖的になってしまう」
「人事交替した方がいいでしょ、絶対それ」
「娘たちが仲が良く、実力も高いおかげで何とか持っているのだが……。
咲様にもかけあってみるが、期待は薄いだろうな」
「じゃああれだ、サディア領は開放的な外交を望む、て伝えてもらえないかな?
ヒサメの言葉じゃないから効果は薄いけど、これでも副領主だからね」
「わかった」
珍しくハウトがまともなことを言っているとひそかに思った和美は、
表に出さないように短く了承の言葉を口にしていた。
「さて、次の試合はハイル対ポールか」
「うむ。ポールがどこまで粘るかだな」
「だね」
二人は話を終えると中央を見始める。
「続いての試合は、ハイル対ポールだ!! まずはハイルの入場!!」
考え事でもしているのか、終始下を向いたまま入場してきたハイル。
「そして、ポールの入場!!」
こちらは一試合休んだ分、万全の状態で臨むことができる。
棄権した場合、試合をしていなくても治療をおこなってくれるのだ。
「両者、前へ」
二人とも所定の位置につく。
「開始10秒前」
両者剣を抜き、ハイルは上段に、ポールは正眼に構える。
「試合開始!」
開始と同時にポールがハイルに斬りかかる。
「ふっ」
しかし、ハイルはそれを予測していた。
ポールの斬撃を一息で避けると、即座に袈裟斬りを返す。
「くっ」
何とか避けるものの右腕に傷を負うポール。
「はあっ!」
チャンスを逃すまいと、ハイルは連続で斬撃を繰り出す。
ポールは何とか受けきるが、攻撃に転じることができない。
一方的な剣戟が繰り広げられる中、ポールは返す手立てを考えていた。
(やはり強引に一発持ってくしかないか)
ポールは反撃のチャンスをうかがう。
だが、ハイルはポールの動きが怪しいことを察したのか、斬撃を軽くし、
相手の反撃に備え始めた。
そして、ポールが仕掛ける。
「っはあ!」
斬撃を喰らいながらするどい突きを繰り出す。
ハイルはそれを難なく避け、再度斬撃を繰り出し、ポールにダメージを与えていく。
そこでハイルは一旦距離をとる。
ポールはあちこちに斬撃の痕があり、立つのもつらそうだ。
ハイルはここがチャンスとばかりに構えをとる。
「隼!」
掛け声と同時に、ポールに瞬時に近づき斬撃を与える。
「くっ!」
たたみかけるように連続で斬撃を浴びせるハイル。
そして、
「がはっ」
ポールが連続攻撃に耐えきれず倒れる。
ハイルはそこで技を解き、距離を置いて様子を見る。
「ダウン、カウント1、2、3……」
ポールはかすかに動いているものの、起き上がる気配はまるでない。
「18、19、20! 勝者、ハイル!」
こうして、ハイルとポールの対戦は終わった。
「予想通りハイルが二人目、と」
すらすらっと結果を記入するハウト。
「最後の一戦ももう結果は見えてるようなものだしな」
「だね。お客さんが残ってるのはたぶん入れ替え戦出場者の
抽選結果が知りたいからじゃないかな?」
「だろうな。私もその一人だからな」
「そっか」
そして、二人は最後の試合を見るためというよりは、
その先の抽選を楽しみにしながら中央を眺める。
「いよいよ今大会も最後の試合となりました!! 現在二人の出場者が4勝1敗で
並んでいます。ここに最後の試合を控えた疾風選手が勝利いたしますと、
三つ巴の状況になります。まずは、最後の試合をご覧いただきましょう!!
疾風選手対雄選手!! まずは疾風選手の入場だー!!」
最後まで一貫として余裕を携えた状態で登場する疾風。
「そして、雄選手の入場だー!!」
一方の雄は、もはや覇気が感じられないくらい憔悴していた。
きっと戦っても勝てないだろう、という思いにつぶされているのかもしれない。
「両者、前へ」
疾風は笑顔を絶やさずに、雄は落胆を隠さずに前へ出る。
「開始10秒前」
疾風は詠唱を始め、雄は忍び装束に手を入れる。
「試合開始!」
「ウィンドラン!」
疾風は開始の合図と同時に呪文の詠唱を終え、足元に風の魔術をかける。
そして、瞬時に間合いを詰め、雄のあごを勢いよく打ち抜く。
「がっ」
だが、雄もここであっさり負けるわけにはいかない。
意識が吹き飛びそうな一撃をくらってもなお攻撃に転じる。
「忍法、撒菱!」
足元に大量の撒菱をばらまく。
しかし、
「がっ、ぐっ」
まるで撒菱などないかの如く連続で攻撃を与える疾風。
ウィンドランの瞬発力で、撒菱地帯を越えて攻撃し、
再度飛んで撒菱地帯の外へ移動しているのだ。
「とどめです」
ぐらりとバランスを崩した雄にハイキックをお見舞いする。
そして、
「ダウン!カウント1、2、3……」
雄は倒れ、カウントをとられる。
「8、9……」
ここまで数えたところで、審判が雄の様子を見に行く。
「勝者、疾風!」
最後の試合の勝敗が決した瞬間だった。
7話
「さて、抽選はどうなるかなあ」
「こればかりは運だからどうしようもないな」
試合も終わり、帰りの準備をしながら先を待つ。
今回は勝敗が同じかつ当人同士の対決でも勝敗が同じのため、
抽選で次回の大会、Dランク公式大会後の入れ替え戦出場者を決める。
戦闘フィールドでは審判と運営者たち、抽選対象者が集まっている。
「では、こちらの3本からお選びください」
審判が棒を3つ持っていて、このうち一つに印が付いているという単純なくじ引きだ。
カンナ、ハイル、疾風が同時にくじを引く。
目印が付いていたのは――
「ふむ」
「お、良かったじゃん」
「うーん、残念だニャン」
疾風があたりを引き当てた。
「入れ替え戦進出者は、飛翔疾風に決定だああああぁぁぁぁ!!!!」
会場には残っていた数十人がまばらに拍手をする。
こうして、623年Eランク公式大会は幕を閉じたのである。
いかがだったでしょうか?
きっと誰が誰だかわからなかった、と言った感じでしょう。
私は思い入れ補正があるので各キャラに愛着がありますが、
それを表現しきるにはまだまだ設定が甘いと感じてます。
難しいですね。
これからも日々精進していきたいと思います。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
次回は未定です。
待っても待たなくてもいいですが、待ってくれたら嬉しいです。