ここしかない
この世界じゃ、子供は立派な“品物”だ。
奴隷。兵士。愛玩用。臓器の資源。需要は底なしにあるらしく、商人が貧乏な家の子を収穫しに行くならまだマシで、その辺を歩いてる子供をひったくったり、工場でどんどん生産し続ける、なんてとこもある。
もちろん、そんな大人だけじゃない。奪って親元へ返してくれる大人もいる。でも売られたり作られた子供は? 新しい親に引き取られる場合があれば、ストリートチルドレンになって自力で生活するヤツもいる。
そして俺と妹のように、また市場に回されないよう、匿われるヤツもいる。
俺達が暮らすこの村もその1つ。街から離れた荒野の中。住人のほとんどは俺みたいな子供達。
炎天下、俺は刃先が欠けた鍬を振り下ろし、硬い地面を掘り返して土をほぐした。畑を耕し、食べ物を育て、村を匿う大人の飯を作るのが、俺達の仕事だからだ。
「お兄ちゃん、今日の分、汲み終わったよ」
妹が水の入ったタライを置き、風に押されたようにふらりと座り込んだ。汗もかけない乾いた風が髪をあおって、こけた頬と疲れ切った目を見せる。井戸は1時間はかかる場所にある。今日は何往復もして、体力がはもう限界なはずだ。
「おう。じゃ、休んでろ」
「……うん。お兄ちゃんも、無理しないでね」
妹は痩せた木の下に座り、足をさすった。昨夜、草履の底が薄くなって痛いと言っていたのを思い出す。
この村は、貧しい。1日2回食べられれば上々だ。売れる物がないし金がないから、新しい草履を買うこともできない。俺はとっくに素足だ。妹も近いうちにそうなるだろう。毎日ギリギリで、疲れはたまるばかり。
……せめて、鶏のエサやりくらい、代わってやるか。
俺はとっとと終わらせようと、鍬を畑に振り下ろした。
カッ。
それが、最後に聞いた音だった。
熱い日差しが降り注ぐ中、私は畑を耕している。
あの日、ドンッっと大きい音に振り返ると、土埃と黒い煙がもうもうとわいて、そこにいたはずのお兄ちゃんが、どこかへ消えてしまっていた。
この村は15年前までは戦場で、地雷原の片隅だった。お兄ちゃんは残っていた地雷に鍬を当ててしまったんだと、後で大人に聞かされた。
今、私が耕しているのは、あの畑から少し離れた荒れ地。
鍬で掘る度、道を歩く度、他に地雷はないか、当たらないかとビクビクしてばかり。気の休まる時がない毎日に、命がどんどん磨り減っていくよう。
本当は、こんな所飛び出したい。
せめて、安心して歩ける場所で暮らしたい。
でも街に行けばあっという間に捕まってしまう。売られた子供の末路には、今より悲惨な生活が待ち構えている。
だから、私達は逃げられない。
この村がどんな場所でも。
ここしか、生きる場所がない。
だからあたしは今日も耕す。豆だらけの手で。お兄ちゃんがしていたみたいに、硬い地面をほぐして、掘り返して、鍬を振り下ろす。
カッ。
硬い物に刃先が当たる。心臓が一気に跳ね上がる。
慎重に掘り返してみると、そこには、煤焦げた白い塊が埋まっていた。