売り出しなんて行事もあります 7
待つほどの時間もなく、鉄の(正確に言えば鉄の父親の)車が駐車場に入って来た。
「ごめん、仕事だった?」
助手席のドアを開けながら、質問する。
「運転手。今日はそっちこっちに名刺配りの日だから、親父は昼間からビールなんか出されちゃって」
「ふうん。髪、染めたの?」
「いや、でかい会社だとオレンジはまずいってんで、ムースで色着けただけ。汗かくと黒い水が流れる」
年始回りの付き添いじゃ、鳶服ってわけにいかないだろう。美優には違和感ありありの服装だが、鳶服を威圧的だと捉える人がいることを考えれば、作業ジャンパーにストレートパンツは妥当だ。
「早坂興業で、そんなユニフォームあったんだ……」
美優は手配していない、つまりどこかで作ったのか。
「いや、親父と内勤やってる人だけ持ってるの。これは親父のやつ。苗字が一緒だからな」
確かに苗字は一緒だ。そうか、数枚ならどこで作ろうが気にならないななんて思ってしまうところが、まだ仕事モードである。
「メシ、軽くでいい? 正月の残りがまだ山ほどあって、家でも食わないとなんないんだわ」
なんだか前日のヒマだっていうメッセで、すっかり鉄が時間を持て余している気分になっていた。駅まで歩くのが億劫だってだけで、仕事していた人を呼び出してしまった。
「ごめんっ! 駅まで歩きたくなかっただけで、てっちゃんがヒマだったら、くらいの感じで」
忙しいなら忙しいと断ってくれれば良かったのだ。軽く返事してくれちゃうから、大丈夫なものだと思っていたのに。
「俺に会いたかったんでしょ? 照れんなよ」
「誰がそんなことっ!」
こっち向くなこっち向くな。すっごい赤面しちゃってる!
「ツンデレなくていいって」
「ツンした記憶もデレた記憶もないよっ」
こんなのはただの言葉遊びだ。動揺するようなものじゃない。それなのに、泣きそう。
「ごはんじゃなくて、お茶でいい」
「あ、そう? じゃあさ、ユカがコーヒー旨いって言ってたとこ行こうか」
ナチュラルに他の女の子を名前呼びだ。ってことは、みーなんて呼ぶのも、美優を特別扱いしていたわけじゃないのか。
自分が特別扱いじゃないって自覚しないと、てっちゃんの幅広い交友の中に紛れちゃう! 私は違うんだよってちゃんとアプローチしなきゃ! でも、どうやって。
店の売出しの内容は思いつき即実行だった。それなのに、何をどうやってアプローチすれば良いのかすら、考えつかない。自分の美点を見せるのだったって、そもそも美点はどこだ。自分がそんなに煮え切らない人間だったかと、そちらの方向でがっくりする。普通程度に可愛いとか普通程度に話が合うとかじゃ、全然ダメ!
向かい合わせでコーヒーを頼んで、ふと鉄と目が合った。黒い髪が見慣れなくて、強烈な違和感だ。鉄もそれが気になるらしく、しきりに前髪を手で持ち上げる。
「なんかね、てっちゃんじゃないみたい」
「自分でもヘン。トイレで鏡見ると、誰だこいつって感じ」
照れくさそうな顔が、とても新鮮だ。
「オレンジの髪が見慣れちゃってるからかも知れないけど、そっちの方が似合う気がする」
髪にヤンチャな色がついていれば、アクティブには見える。けれどネイビーの作業服を着て黒い髪の鉄は、やけに大人びて見える。その分頼り甲斐がありそうに。
「おっさんくさくない?」
鉄の質問に、首を振る。
「落ち着いたお兄さんって感じで、かっこいいよ」
かっこいいとか似合うとかって言葉は、接客にもよく使う。だから口から出すのに抵抗はない。会話の中になら、平気で組み込んでしまえる。
「マジ? オレンジ飽きて来ちゃったし、色変えようかなあって思ってたんだよな」
鉄の食いつくキーワードが、そこにあるとは思っていなかった。結構何度も聞かされていたにも拘らず、頭に残っていなかったのだ。
「でも服の色とか、みんなオレンジに合わせちゃってあるしなぁ。みー、どう思う?」
どう思うと訊かれても、答えようがないではないか。
「買い直せば? 早坂興業さんの特価で見積るから」
売上が絡んでしまうと、信憑性がなくなるじゃないか。職業上のこととはいえ、これは素直に受け取ってもらえない。他人の金だと思ってと笑う鉄も、冗談にしてしまっている。本音なんだけどなあと、美優は内側で溜息を吐いた。
車で送ってもらいながら、自分の一番の売り物は何だろうと美優は考えていた。鉄により強くアプローチできて、外の女の子と差別化できるものは何だ。
伊佐治でのアルバイトは成り行きだったし、そこで鉄と知り合ったのは単なる偶然だ。鉄の面倒見の良さと気さくさに巻き込まれる形で仲良くなって、ここまで来た。それだけで特別扱いされてるみたいなつもりになって。
売り出さなくちゃ。何が得意で何ができるのか、私と仲が良ければ物理的じゃない部分でのメリットは何なのか、てっちゃんに売らなくちゃならない。考えろ、美優!




