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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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売り出しなんて行事もあります 5

 大きくはない神社でも、三十分やそこらじゃ参拝客は引かない。鉄も持ち場に戻らなくてはならず、訊ねられたことに答えれば、そこに留まる理由はなくなる。

 送ってもらえるとか、もう少し長く話せるんじゃないかとか、そんなこと期待してはいけないのだ。美優が勝手に来たのだから、勝手に帰れば良いだけのこと。寂しがるのなんて、我儘な感情だ。その場を立ち去りたくなくてウロウロしていたって、ただのヒマ人だと思われるのがオチ。

「じゃあね、売出しまでにMサイズ確保しとく」

 笑顔でそう言って、参道の階段をトボトボ降りる。こっそり様子を窺うどころか、顔を見て言葉を交わしたっていうのに、今のほうが寂しい。

 仕方ないじゃない、別につきあってるわけじゃないし。そうしたら、てっちゃんと私ってやっぱりただの友達なのかあ。


 階段の一番下で、鉄に捕まった。

「ひとりで帰んの?」

「うん。自転車で来たんだもん」

「何か音の出るもん、持ってんのか」

「音? スマホ?」

「じゃなくって、咄嗟のときに声出せねえんだろ、女は!」

 強い口調に、何か怒らせるようなことをしたろうかと怯えた美優は上目になる。

「これ咥えて帰れ」

 渡されたのは、金属製のスポーツ用ホイッスルだ。

「何、これ」

「サッカーの審判に使う笛」

 そんなことは、見ればわかる。

「とんでもねー参拝客がいたときの、合図用に持ってんだ。こっちは人手もいっぱいあるし、俺くらい持ってなくても問題ない。何かあったらそれ吹いて、相手が怯んだ隙に逃げろ。女ひとりで裏道じゃ、危な過ぎだろ」

 そう叱られて、女の子扱いしてくれているのだと気がつく。いつから女の子扱いされるようになったんだろう? 忘年会のときには、すでにそうだった気がする。


「ユカちゃんとか、他にも女の子はいるじゃない」

 クロス職人の彼女の名前を出してみる。

「ああ、手が空いたら手分けして送るんじゃね? 女は先に帰しちゃうし、知らないけど」

 知らないけどってことは、鉄は個人的に美優を気遣ったということだろうか? また浮いてくる気持ちを宥めて、いつまでも邪魔してはいけない役目の場所から離れた。

 なんか、嬉しい。こんな小さいことで、嬉しい。浮き沈みの激しい自分を、どうしていいかわからない。自転車を開錠して、言われた通りにホイッスルを首から下げた。鉄の心配を、首からかけた気がした。



 明けて元旦、家族との挨拶もそこそこに(兄はまだ寝ていた)美優はショッピングに飛び出す。数量限定の福袋を逃してはならないし、新年特価のコスメだってあるのだ。着ていくアテはあるのかとか誰に見せるのかとかのツッコミはさておき、女の子なんだから自分が可愛くしているって想像だけで嬉しい。かなり一生懸命に散財して、やっとランチに辿り着く。

「あと、どこ見る?」

「あ、スニーカーも欲しい。仕事用のやつ、ちょっとヘタってきたから」

 女の子らしい簡単なランチで、また戦場うりばへ赴く。綺麗になりたいって欲の重さは、財布の軽さと反比例しちゃうのだ。


「ねえ、なんでいちいち靴の先押してみるの?」

 美優の無意識な動作に、疑問が出たのは無理ないだろう。スニーカーを選ぶ際に、先芯(入ってるわけない)の大きさを確認するクセがついてしまっているのだ。

「職業病……?」

「って、美優が質問してどうすんの。作業着屋さんって、そうやって靴見るわけ?」

 これは少し返事に困る気がする。こんなことが習慣になってるなんて、仕事が身体に染みついてるみたいじゃないか。実際は染みついてしまっている気がするが、作業服のイメージはオシャレじゃない。

「ああ、わかるー。私、どこに行っても犬とか猫とか書いてある看板、見つけるもん」

 動物看護士実習生の友達が口を挟んでくれて、ちょっと安心する。自分だけじゃない。


 あれこれ見て歩いていると、安売りのワゴンに出会う。もう手にたくさん紙袋を持っている今、中を掻き混ぜる情熱は持てずに、さらっと表面だけ眺める。そして、どうせセール用に安く仕入れたものなのだから、そんなに大層なものは入っていないだろうと頭の中で結論付ける。おそらく友人たちも同じように考えているのだろう。ちょっと待って、なんてじっくり検討する人はいない。

 セール用に安く仕入れたからって、悪いものだとは限らない。中には確かに掘り出し物があると、用途は違えどアパレルを扱っている美優は、知っている。知っていても、敢えてチェックはしない。どれが中途半端な商品でどれが掘り出し物かと見定めるのは、億劫なのだ。


 セール用に揃えても、売れ残ったら当然赤字だ。身体はひとつなのだから、防寒着を二枚重ねて着る人はいない。買い換えたり買い増したりするのは、実用的な理由の外に欲しいからってオプションがつく。ファッションビルの初売りみたいに商品の捌けない伊佐治で新しく出物を仕入れてしまえば、カーゴパンツの二の舞になる。

 それよりも邪魔にならずに枚数が必要なものを、紹介すればいい。安価でなくても、試してみようかなって商品を少しだけ値引きして売れば、口コミで広げてもらえるかも。

 元旦の思いつきにしてはあんまりな発想である。色気のないこと甚だしく、前日のトキメキはどこ行ったって感じだが、生活は常に同時進行だ。

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