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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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売り出しなんて行事もあります 2

 夕食少し前の六時、美優は約束のファーストフード店に座っていた。少しばかり空腹でハンバーガーを頼んでしまいたいところだが、そこはオトメとしてぐっと我慢しておく。出る間際に母親が、鶏のクリーム煮を仕込んでいた。ハンバーガープラスそれでは、カロリーオーバーに過ぎる。

「よ、悪いな」

 現れた鉄のトレーには、ハンバーガー二つにポテトの大きい箱、冷たいドリンクにデザートの満艦飾。

「あれ? 今日はおばあちゃん、お留守?」

「いるよ。おせち作ってるから、晩メシは多分煮物」

 美優の視線は盛り上がったトレーから離れない。夕食のメニューを予測してるってことは、これ以上に食べるってことか。

「それ、おやつにしては多すぎない?」

「余裕だろ。ポテト食っていいよ」

 ハンバーガーの包みを毟りながら、鉄の口はもうかぶりつく準備をしていた。


 ひとつ目のハンバーガーを腹の中に収めた後、鉄はやっと持ってきたバッグの中身をテーブルの上に出した。

「何これ可愛い」

 可愛いポップな水玉模様の箱の中身は、サイダーらしい。

「地酒じゃなくて、地サイダーだって。その箱、みーが好きそうだよなあって。あと、酒バウムクーヘンだって。一緒に行った女の子たちが買ってた」

 一緒に行った女の子? ちょっと引っかかって、複数形だってことを抜かした。男ばかり何人かで一台の車に乗り込んで行ったのかと思い込んでいたけれど、違うのか。

「何人くらいで行ったの?」

「全部で九人。男が六、女が三。いつもの面子だよ」

 いつもの面子とか言われたって、美優はその内容を知らない。仕事で仲良くなってプライベートでも近くなって、家も親も知っていて。すっかり知っているつもりになっていた目の前の男には、まだ美優が知らない生活がある。それに気がついた瞬間、頭にかあっと血が上った。

 私にとって、てっちゃんって何? てっちゃんにとっての私って、どういう位置なの。


 口には出せないまま、日帰り旅行の顛末に相槌を打つ。帰りに温泉に寄ったなんて話を聞いて、理由もわからず寂しくなる。

 それ、女の子も一緒だったんだよね? その中にもやっぱり、一緒に食事したりてっちゃんちで花火見たりした子がいるんじゃないの?

 こんな風に考えながらじゃ、向かい合わせで冗談を聞いてもちっとも楽しくない。鉄のお喋りに合わせた自分の笑いが空々しくて、早く帰りたいと思う。

「そろそろ晩ごはんだから、帰らなくちゃ」

「お、もう七時になるか? じゃ、帰るか」

 まだいいじゃないかと引き留めて欲しくて、けれども帰ると言い出したのは美優で。

「また来年、だね」

「明日の晩、お焚き上げに来れば? 餅と甘酒、配るぞ」

「寒いから、やだ」

 ファーストフード店の横に停めた自転車の前で、そんな話をして別れた。


 年末のうるさいテレビを眺めるのに飽きた美優は、自室でスマートフォンを弄りまわす。鉄から受け取ったサイダーは冷蔵庫の中だが、入っていた箱を捨てるのが惜しくて部屋に持って入った。淡い水色に白の水玉は爽やかで、好きそうだと思ったってことは、買うときに美優の顔を思い浮かべたのだろうか。

 もしかして私以外の知り合いの女の子にも、気軽にお土産配って歩いてたりして。なんで今まで疑いもなく、自分だけを食事に誘ったりしてると思い込んでたんだろう。男といるときのほうが楽しそうな顔してるからって、別に女が嫌いなわけじゃないって知ってたのに。

 ぐるぐる回ってしまう感情に、我知らず憂鬱になってくる。自分の能天気さが腹立たしくて、枕に拳を打ちつけてみたりする。何度目かの溜息を吐いたとき、スマートフォンが軽やかにSNSのメッセ着信を告げた。


 メッセは女友達からのもので、期待してしまったオレンジ頭のアイコンじゃない。そして彼氏と浦安のテーマパークに行ったなんて報告は、どうでもいい。ものっすごく面白くない気分でスマートフォンを投げ出し、風呂場に籠る。気に入っているバス香油を落とし、好きな音楽を流し始めたところでダメ押しが来る。

「風呂場で音楽なんか聴いてんじゃねえ! 企業戦士のお兄様が明日も仕事だって入浴待ってんだ」

「うるさいスケベ! 脱衣所まで入って来ないで!」

「スリーサイズ均等の奴がスケベとか騒いだって、誰が同情すると思ってんだ。そんなもん見る奴に失礼だろ。四の五の言わずにとっとと出ろ」

 風呂場までリラックスできる場所じゃない。甘い香りのバス香油を兄に台無しにされた分、余計に腹が立つ。


 どうしよう。私、自分で思ってたよりずっと、てっちゃんのことが好きみたいだ。てっちゃんの普段の遊び相手に女の子がいるってだけで、こんなにグラグラしちゃうほど気にしてたんだ。自分がワンノブゼムだって想像すらしなかったなんて、なんておめでたいんだろう。

 てっちゃんが仕事の後誘いに来たりするだけで、私からアプローチなんてしたことなかったかも。みんなに同じことをしてるんだとしたら、差別化しないとその他大勢の中に紛れてしまう。私の勝負どこって、何だろう。スリーサイズ均等のプロポーションとか高校生みたいな顔じゃなくて、てっちゃんが私だけをクローズアップしてみてくれるとこ。

 そんなことを考えながら、夜半を過ぎて十二月最後の日がはじまった。

 

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