卸し店と小売店の休みは、同じじゃありません その8
二十三日に友人たちとお出かけして日頃希薄になりそうな女子要素を吸収したら、年の瀬が押し寄せる。もう注文なんか受けたって、年内には納められない。出荷してもらっても、引取りには来ないだろう。
「年末セールしてよ」
「定番ですから、一年中手配できるんですよ。ってか来年値上がりしてるかもですから、今年の内に買って置いたほうがいいと思います」
客との軽口も慣れたもので、値引き交渉の権限は与えられていなくても、どれくらいの見当までなら引けると判断してレジに伝えられるようになった。
「あいっかわらずサイズ揃わねえなあ!」
大上段な客にビクビクしながらも、階段を降りていく後ろ姿に舌を出してみせるくらいはお手のものだ。
誰も助けてくれないし、客の言いなりになっていると予算なんか絶対に足りない。年末ギリギリの客は手袋と靴下ばかりになり、正月用だと下着類を購入する人がぼちぼちと入ってくる程度だ。さすがに休み前に作業服を買いに来る人は少ない。だから普段は手の届かない棚や、前からあって意味不明の在庫をチェックしたりしてみる。
失敗仕入れだと思っていたカーゴパンツは、いつの間にかずいぶんと減っている。服には色とサイズがあり好みがあるのだから、短期間で全部ペイなんかできないのだ。逆に客全員が同じ服装をしていたら、美優の仕事はいらなくなってしまう。
焦ったって、いいことないよね。予算に余裕ができれば、売り場が空いた場所に次々出せるもの。付け焼刃の思いつきで在庫を抱えるんじゃなくて、計画的にお買い得商品を回せるようにしなくちゃ。
暮れの仕事は三十日までで、さすがに大晦日は休みになる。ホームセンターのように年中無休ではなく、来店の見込み客数を考えても光熱費を含む運営費のほうが嵩んでしまう。
鉄は早々に冬休みになったらしい。日帰りでスノーボードだのっていう非常に気楽なメッセが入り、まだ仕事の美優は面白くないこと甚だしい。
やっぱりオフィスワークを探そうか。今のうちならまだ、紙仕事の知識は古くなっていない。周囲が遊んでいる時期に仕事してるってことが、なんとなく損してるみたいな気になる。
仕事がなくなって家にいたときは、何か楽な仕事がないかなぁと考えていた。伊佐治に入ったのも親に働けとつつかれただけで、何か目的があったわけじゃない。けれどこれから転職するのなら、ちゃんと自分の責任と裁量を図れる仕事がいい。友達が辞めたからってつまらなくなっちゃう仕事って、本当は面白くなかったのだとリアルにわかる。自分の適性が小売業にあるかどうか、わからない。ってか、はっきり言って向いてるとは思えない。
だけど伊佐治でしている仕事が、無駄な知識を蓄えているだけだとは思えない。どんどん更新していく新しいアパレルの知識じゃなくて、それ以外に多分蓄えたものがある。だからきっと、今辞めたら後悔する。
何度目かの堂々巡りで、自分がまだアルバイトを続ける意思があることを確認する。つまり、客が薄くてヒマなのである。
何人かで外に出ているから一緒に夕食はどうかというメッセがあり、自分だけ仕事帰りだとぐったりしながら了承の返事を返す。父親はもう休みに入っているが、金融業の兄がひどく大変な時期なので、家の中の年末ムードは薄い。
そっか、てっちゃんは休みに入っちゃったんだから、店になんか来ないよね。そうすると、次に顔を合わせるのは年明けかな。
寂しいとか思うと、本格的に負けた気になる。それはどうしても悔しい。
俺ってかっこいい? あの言葉は、どういう意味だったんだろう。私にかっこいいって言って欲しいんだろうか。それとも自分が外からどう見えるか確認したいだけ? 何が言いたいのか、ちっともわかんない。
自分への期待だと受け止めてしまいそうな気持ちを、押し殺そうとしては失敗する。認めてしまえば楽になることは知っていても、鉄の気持ちを勘違いしていた時のショックと苦痛を思い浮かべることができる程度には、片思いの寂しさも知っている。
もう少し、踏み込んでくれたらいいのに。そうすれば、私も態度に出したっていいと思うの。美優から近づくには、鉄は未だに未知のタイプ過ぎる。
スマートフォンがまたメッセの着信を告げる。オレンジ頭のアイコンを、反射的に頭に思い描く自分が癪に障る。
土産買ったから、明日渡しに行く。
思い描いていたアイコンからのメッセに、しかめっ面をしてみせる。仕事仕舞いまであと二日、がんばっちゃおっと緩んで来た頬に喝を入れ、手にハタキを握りなおして売り場のメンテナンスに戻るのだ。




