卸し店と小売店の休みは、同じじゃありません その5
頑張っちゃった風じゃなくて可愛く見えるってコーディネートは、着飾るよりも頭を使う。自分が持って行きたいイメージへの足し算と、流行は知ってるけど意識してないよーってポーズの引き算の配分は、センス勝負だ。曲がりなりにも(正に言葉通り)アパレル販売員である。趣味が違うと言われるのは仕方ないが、ダサいとは言われたくない。特に、半魚人には。
夜更けまでクローゼットの前でファッションショーを繰り広げ、そういえば、てっちゃんはどんな感じが好みなんだろうなんて考えて、別に趣味を合わせる気なんてないもんと自分に言い聞かせる。頭もベッドの上もカオスなのに、一点夢見がちな部分が花開く。
女の子同伴とかって決まりのない場所に、部外者の私を誘ったのは、どうして? ダメだってば、てっちゃんなんか、なーんにも考えてないに決まってるんだから!
そして当日、定時を過ぎて入室禁止の札を出した休憩室のドアが、ノックされた。
「美優ちゃん、早坂さん来てるけど」
着替えは済んでいたので、ドアを開けた。待ち合わせはしていないし、迎えに来るとも言ってない。待たせておいてくれと言おうとして、重大な間違いに気がついた。
「社長の方? 今行きます!」
早坂社長から頼まれていた安全靴の入荷が、遅れていた。すっかり忘れて、連絡をしていなかったのだ。慌てて事務所から出て、売り場に出た。
「すみません社長、まだ入荷してなくって」
ぺこりと頭を下げると、笑顔が戻ってくるのがありがたい。
「いいよいいよ、階下の品物取りに来たついでだから。履くものはあるから、入荷したら連絡してくれれば……」
早坂社長の言葉の途中で、ドカドカと階段を上がる音がした。
「あ、いたいた。ちょっと取り寄せてくれないかなあ」
ユニフォームを着ていようがいまいが、そこに店員がいるのだから客は頓着しない。仕方なく注文書を開き、カタログを確認する。早く済ませてくれと念じながら注文を受け、ありがとうございましたと頭を下げる。
タイムカードは打刻した後なんだけどなあと思いながら顔を上げると、まだブラブラと遊んでいた早坂社長が階段の前で止まった。
「あ、うるせえのが来た。今日は忘年会とか言ってたのに、ここには寄るのか」
出先が一緒なのだと言えないでいるうちに、鉄の全身が見えた。父親の顔を見て、一瞬鼻の上に皺を寄せる。
「もう出られるんだろ? 行こうぜ」
「あ、みー坊ちゃんも一緒に行くのか。悪かったなあ、仕事させちゃって。こっちは構わなくっていいから、仕度しといで」
早坂社長に促されて、美優はやっと売場から解放される。顔を直さなくちゃならないし、髪もクリップで留めたままで行きたくない。余計な時間を食ったので、慌てなくては……
「あんまり時間ねえから、急いでな」
鉄の追い打ちに頷くと、車で送ってくれるという有難い申し出があった。駅から徒歩三十分の工業団地の中、それはとても助かる。心底イヤそうな顔をした鉄を見ないことにして、少しは時間に余裕ができたと安心して、休憩室で仕度を済ませた。
小走りで車に走り寄ると、助手席を示された。セダンの後部座席には鉄が面白くなさそうな顔で乗っている。開口一番は、これだ。
「遅えよ」
ごめんと謝る間もなく、早坂社長が返事する。
「俺が時間取らせた後に、客まで入ってきちゃったからね。仕事だったんだから、仕方ないだろ」
車が発進し、美優は助手席に座って恐縮していた。
「すみません、急いだつもりなんですけど」
「ああ、そっちの若いのはまだ知らないから。女のいない職場だしな、修行は足んねえし」
早坂社長はハンドルを握ったまま笑う。
「女はさ、見てくれじゃなくて、綺麗に見せようって心意気が可愛いんだ。顔かたちの造作が良くても、ギスギスした女じゃ触る気にもなんねえ」
「触るって、どこ触んだスケベ」
「そりゃもう、いろいろあるってもんだ」
親子の会話に混ざってしまったが、これって結構女殺しの言葉だ。綺麗に見せようって心意気とか言われたら、好きな男のために頑張っちゃおうって気になる。
駅のロータリーに入る手前で停まった車を降り、礼を言った。さっさと歩きはじめた鉄を追いかけ、会場になる居酒屋まで歩く。
「社長、やっぱり素敵だよねえ」
「みーって、オジサマ趣味?」
「え? そういう意味じゃなくって……」
「ま、いいわ。確かにいい男なんだと思うよ、普通のオヤジだけど。ただ、俺の方がいい男になるけどな」
何その自信、そう笑おうとして止めた。親父と似ているからと髪を染め、似ていることは嫌がるくせに同じ仕事に就く男。すさまじいライバル意識が底にあって、本人は意識しているやらしていないやら。
チェーンの居酒屋の前で、鉄が知り合いを見つけた。声を掛けて一緒にエレベータに乗り、簡単に自己紹介をする。
「ふうん。テツが女連れてきたの、はじめてじゃねえ? いつも見せたがんないのに」
「うるせえよ」
「連れてきたってことは、見せてもいいって思ったってことだろ?」
「そうじゃねえってば」
美優は沈黙のままに、一緒に靴を脱いだ。




