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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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卸し店と小売店の休みは、同じじゃありません その4

 発注時間に間に合ったはずの商品が届かなかったのが、はじまりだった。通常なか一日でご用意できますと客に告げてあったので、当然メーカーに連絡を取る。

『申し訳ありません、出荷が追いつかないんです』

 申し訳なさそうに謝る流通の担当者に、大声で文句を言うわけにはいかない。通常は翌日に届くってだけで、別に当日出荷と契約書に謳っているわけじゃない。出荷しないなら出荷しないと一言あれば、先に客に了解を取っておけたのにと思いながら、顧客に一日遅れると電話をした。急ぎじゃないから入ったときに連絡くれればいいよ、なんて言葉に安心して、今日はメーカーさんも注文が多かったんだなーと考えた。


 そして翌日、やっぱり荷物が来ないのである。ウェブでメーカーの出荷実績を確認して、今日こそ間違いないと思っていたのに、午後便でも配達がなかった。送り状ナンバーをもらって運送会社の荷物を追う。持出し中にはなっているが、それでも美優の手元に届かないうちに定時になった。気がつけばそれ以外にも、今日届く予定だった靴が入っていない。

 あれ? 発注が間に合わなかったかな? まあどうせ在庫だし、明日でもいいけど。

 渡す相手が待っていないものなら、店頭に並んでいないことへの言い訳はいくらでもできる。元々大雑把な在庫管理であるから、余程気の短い客でなければ、一日くらいフックが空いていたって怒り出さない。

 だからまあ、少々の遅れは気にしようと思わなければ気にならないのだ。仕方ないなあと思いながら、帰宅前に刺繍店に電話して翌日の引取りを確認しようとした。

『ああ、すみません。急ぎが大量に来ちゃってねえ。明日の夕方までにはどうにか』

「出したの、金曜日ですよね? 今日はもう水曜日ですよ」

『ごめんなさいね。こっちも人力なもんで、フル稼働はしてるんですけど』

 普段なら四枚や五枚のジャンパーの名入れなんて、一日で仕上がっているのだ。


 商品が上手く回らないなと思いながら帰宅し、夕方のニュース番組を見るともなしに見ていた。年末の街は華やかに彩られて、工業団地の中にいる自分は、置いてきぼりを喰らったみたいだと思う。忘年会とかクリスマスセールとか、季節行事からすっかり遠のいちゃったみたい。

 ニッカにオトメの青春を埋めるなんて、まっぴらごめん。今週はクリスマスセールに行って、ついでにスイーツブッフェにも行っちゃうんだから。女子力高めておかなくちゃ。

「美優のお店は、年末忙しくならないの?」

 兄も父も深夜帰宅が当たり前になっている時期なので、母親だけとの食卓だ。

「年末に作業服買い換えようなんて人、そんなにいないと思うよ。階下の工具だって、そんなに景気よく売れてるわけじゃなさそうだし」

「ふうん。小売業って言っても、それぞれねえ」

 母親にも未知の仕事なので、それ以上のことはない。十二月の慌ただしいテレビ番組を、食事しながら眺めるだけだ。


 スマートフォンが軽やかな音を立てたとき、美優は連ドラの最終回に夢中になっていた。話題になっているドラマだから、美優の周りはリアルタイムで見ていると思われる。だとすれば、このメッセの相手は。

 確認するまでもなく、オレンジ色のアイコンに吹き出しがつく。直の声でないのに高鳴ってしまう胸が悔しい。

 ――今週の土曜、ヒマ?

 土曜日は仕事だから時間があるとすれば夜で、そんなことは鉄もわかっているはずだ。二人で出掛けようなんて誘いを、わざわざ事前にすることのない男だ。それを確認って、もしかしてデート―――な、わけないよね。

 ――仕事終わってからなら

 ――ヒマ人倶楽部で忘年会するから、来ない?

 ほら見ろ、期待しちゃダメなんだから。自分に対して舌打ちしながら、野球の応援で一度だけ会った人たちをもう一度見るのも悪くない、と思い返す。靴のサイズが二十九センチの男も来るのだろうが、他の人たちも職人系だったと思う。殊更に伊佐治を売り込むつもりはなくとも、客として来店したときに挨拶すれば、仕事が楽になる。それプラス社会人になると仕事以外では難しくなる、新しい知り合い作りとしては良いかも知れない。仕事場に他の女の子はいないし、高校時代の友達もずいぶんバラけ気味だ。女の子とだけでも、友達になれるかも。話し相手がいなくても、てっちゃんはいるわけだし。

 ――行こうかな

 自問自答して返信したところで、ドラマのクライマックスを見逃したことに気がついた。なんだかとても悔しい。

 てっちゃんのバカ!


 美優には未知の人たちであるが、気の張った人たちの集まりじゃない。だから一生懸命ファッションについて、考えたくはない。けれど女の子もいるはずで、その子たちから見劣りしたくない。野球の応援に行ったのはまだ上着が必要じゃない時期で、少々派手目の女の子を除けばフツーだった。

 え? フツー? デニムのショートパンツとかヒールのあるサンダル、薄着の時期ってのは着る枚数が少ないから、よっぽど奇異なスタイルじゃなければ単品アイテムの組み合わせだ。突拍子もない化粧をしている女の子はいなかったから、美優のセンスとはかけ離れてはいないだろうと思う。じゃ、フツーに可愛くしていかなければ確実に浮く!

 そしてやはり、クローゼットを漁る時間がやって来るのだ。

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