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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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失敗仕入れも時々あります 2

 ハンガーラックをチェックしては溜息を吐き、視線を走らせる客に買えと念じても、カウンターの中を圧迫する在庫は減らない。責任をと言われたって、売れないのなら買い取れとか言われるわけじゃないことはわかっている。服には色とサイズがあるから、一生懸命考えた仕入でもあぶれるものは出てくるのだ。それは突拍子もない色やサイズってわけじゃなくて、たとえば偶然にもMサイズの人はそれを欲しがらなかった、みたいな。

 商品は流動して一定はしないし、在庫を数えるのは人力で、大手のスーパーマーケットやホームセンターのようにPOS管理はされていない。目の前に積み上がっているのは、あまりにも精神衛生上よろしくない気がする。

 売場のどこかに纏めて吊ってしまおうかとも思ったが、限りあるハンガーの数を考えれば、それにばかり使用できない。カッコいい作業服を探しに来る客に、同じモデルばかり見せても飽きられてしまうだけ。


 詰みましたね、美優さん。いや、詰んだじゃなくて、積んだでしょう。自分にツッコミを入れて箱を睨んだところで、商品が売れるわけじゃない。下げておけば捌ける商品なのには間違いないらしく、微量に一本とか二本とかって動きはある。だからぎっしり詰まっていたはずの箱の上辺に少しだけ空きができて、積み上げると潰れて見苦しい。纏めれば少しはすっきりするだろうかと、箱の中身の整理方法に迷った。三色のカーゴパンツと言っても、色も数量も同じで入って来たんじゃない。中間サイズは出易いから、箱の底の方に入れると出し入れに苦労しそうだ。

 ってか、同じサイズばっかり出るのなら、中間サイズは複数枚出した方が良くない? そうすれば毎日チェックしなくたって良さそう。少なくなったなって時に注ぎ足せば。毎日本数をチェックして時間を潰したって、販売数量が変わるわけじゃない。それならいっそのこと、考えなくても良いようにしたほうが楽ってものだ。

 サイズ毎に分けて箱に詰め直し、数量を書いた紙を横から見える位置に貼った。それを二段段積みして、入りきらなかったものは無理矢理ハンガーラックに吊った。ギシギシに入っている商品は、いかにも安物叩き売りっぽく見えて、うんざりする。


 カウンターの一番奥にカーゴパンツを押し込み、手前に今月買い込んだ手袋と靴下を置いた。こちらはデイリーに動くものだから、少しずつでも毎日減っていく。長期戦の構え、完成である。自分の目から遠くなったことに、ちょっと安堵の息を吐く。やっちゃったことはやっちゃったこと、自分の懐が痛むわけじゃない。自分が思ってるより時間がかかるかも知れないけど、大丈夫売れるっ!



「なんかさ、そこ、すっげー狭そうじゃねえ?」

 カウンターに寄りかかった鉄が言う。後ろにリョウが控えている。リョウは半年で、ずいぶん顔が大人びた気がする。

「うう。もっと売れるかと思ったんだもん」

「何入ってんの、その箱」

「カーゴパンツ……百本以上ある」

 自分で決めて仕入れたのだから、誰にも転嫁できない。たとえば本店から割り当てで来たものだったり、店長が入荷を許可したものだったりすれば、八つ当たりもできるのに。

 美優の情けない顔を見て、鉄も何か理解したらしい。

「ああ、全然売れないの? だっせーモノ入れたんだろ」

「ワーカーズとかの路線、狙ったんだけどなあ」

 リョウがハンガーラックをチェックしに行き、鉄の口許が緩んだ。

「ああやって、安物狙ってチェックする客もいるけどな。伊佐治って安いものを大量に置いてるイメージがないから、警戒するよな」


 ああ、そうか。今までの商品とイメージが違うのか。

 安価な出物を量販して利鞘を稼ぐことよりも、それを管理する人間の手間が今まで考えられなかった売り場なのだ。それができるようになったと浸透するまで、まだ時間がかかるかも知れない。手袋も靴も靴下も、数か月前より今の方が回転が早い。伊佐治には商品があるのだと認識させるまでに、長い期間がかかったのだ。

 リョウが見ていることで気を引かれたのか、二階に上がってきた客が一緒にハンガーをチェックし、試着室に入って行く。それを見て、美優も場所を移動した。

「サイズ、いかがですか?」

「これでいいや。どうせ汚れるものだから、安価いのでいいんだ」

 試着室からの返事に、小さくガッツポーズをした。


 出てきた客は、丸めたカーゴパンツを手に持っていた。

「何本か欲しいとこだけど、下がってる分しかないんでしょ? 紺で何本か欲しいんだけど、こっちの黒いの貰ってくかな」

「在庫あります! 出しますので、少々お待ちください」

 積んだ箱から在庫を引っ張り出し、客に手渡して、階段まで笑顔で送る。そして少し考える。


 汚すことが前提の安価なものなら、複数枚で欲しがるのか。そうしたら、ぎっしりの房掛けはアタリなのかも知れない。今まで目立つカタログ品ばかり扱っていたので、一度に複数枚買う人のことなんて考えなかった。

 カウンターに戻ると、意識せずにサクラになったリョウと美優のガッツポーズを見ていた鉄が、ニヤニヤ笑っていた。

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