わからないときは、質問しましょう その2
「お、怒った?」
てっちゃんが、むしろ楽しげに言う。
「じゃあさ、これ、どう思う?」
箱から出したばかりのシャツを広げて、美優ににやりと笑ってみせた。正直、そのシャツは美優から見ればカッコいいものじゃない。色は綺麗だがデザインの繊細さに欠けるし、木綿のシンプルなシャツなのに(形状はワイシャツと大して変わらない)その襟が倒れずに立ったままプレスされているのだ。率直にこれに答えたものかと、美優は少々ためらった。
「ほらな、カッコわりぃとか思ってんだろ。カッコいいんだよ、これは」
「趣味が合わないだけじゃないんですか?」
この問題に関しては、これで済ませようと思った。髪をオレンジにしてる奴になんか、センスがないとか言われたくない。
「でもこれ、人気モデルなんだぜ?な、熱田さん」
「まあ、そうね。固定ファンはいるわねえ」
熱田はにこにこと答える。
「でもまったく初心者なんだし、お手柔らかに頼むね、てっちゃん」
「新人だろうがベテランだろうが、俺らから見れば全部店の人だもん。二号店の作業着、ひっでえんだ」
ふたりのやりとりを黙って聞くしかない美優は、仏頂面だ。
「はいはい、また松浦店長と喧嘩したね?てっちゃん」
「あの野郎、いい加減な納期言いやがって。今朝取りに行ったら、まだ揃ってませーんなんつって」
「今日必要だったの?」
「来週だけど」
身内風の会話を聞きながら、自分のセンスを否定されたみたいで面白くないったらない。
社長である叔父が二階にもう一度顔を出した。
「どうだ、みー坊。あっちゃんの売り場は」
「うん、綺麗……」
返事をしようとした後ろで、笑い声がする。
「みー坊!あんた、みー坊って呼ばれてんの?」
自分に話しかけられたわけでもないのに、失礼な奴である。美優がどう返答しようか迷っているうちに、叔父が愛想良く返事した。
「おや、早坂さんちの息子さん。うちの姪なんでね、子供のころからそう呼んでるんですよ」
「へー、社長の姪なの?俺もみー坊って呼んでいい?」
冗談じゃない。小さい頃から知っている間柄ならともかく、全然知らない相手にそんな呼ばれ方されたくない。ましてセンス云々と言われたのは、たった今である。
「もちろんですよ。気楽にいろいろ教えてやってください、早坂さんの息子さんなら安心だから」
美優が口をぱくぱくさせている間に、てっちゃんは階段に向かう。
「じゃね、みー坊。ちょっとはセンス磨いといてね」
二号店に送られる車の中で、美優はオカンムリだ。
「しんっじらんないっ!お客さんにみー坊なんて呼ばれるの、絶対イヤだからね!ましてあんな失礼な奴!」
「失礼だったか?」
叔父はのんびりと答える。
「失礼じゃないの!はるかに年上の叔父さんにまでタメ語で、人の会話に割り込んで来て」
「まあ、口の利き方は知らないな。でも、いい子だぞ?」
大人の言ういい子ってのは、同年代から見たイイ奴と違うのだ。美優はむすりと口を噤む。
「面倒見もいいしな。みー坊も教えてもらえばいい。お客さんから意見を聞くのが、一番勉強になる」
叔父の言葉を話半分で聞いて、美優の三日目の仕事時間は終わった。