失敗仕入れも時々あります 1
調子良く前山被服が営業に訪れたとき、まだ当月の予算に余裕があったのは幸いだったのだろうか。二階に運び込まれた大箱三個に、ぎっしりと入っているのは作業服である。納品書に記載されている数量は、カーゴパンツが三色で百五十着。捨て値で出せる廃番品でサイズが揃っていると聞き、商品の寂しい売り場にと、美優が自分の判断のみで決めた。普段仕入れる物は任されているのだから、慣れつつある今、掘り出し物で利益を上げることも考えたいと思った。
特価でPOPを作りちょっと目を引くレイアウトにすれば、一日三本売れるとしても二ヶ月で全部捌ける。何でも良いからズボンが欲しいなんて言う人は多いから、そんな人には絶好のお勧め品だと思える。セール用に作られたチェックの甘い商品ではなくカタログ品だったものだから、お買い得だっていうのは間違いない。
十万くらい、勝負に出たっていいよね。先月業績は上げてるんだし、階下の機械を一台在庫したら、十万どころじゃないもの。どうせ誰に相談したって明確な返答はないのだし、(美優に任せたと言われるだけだ)当たり外れは店頭に並べないとわからない。
だから話を持ちかけられたとき、少々迷いながら入荷を決めた。今までよりも数量は大きいが、現在までで美優が決定して入荷したものは、大きく外したことはない。大丈夫、これくらい売ってみせるってなもんだ。
運び込まれた商品の量を見て、呆気にとられた。在庫をカウンターの内側に置いたら、邪魔になってしまうような数だ。そして考えてみれば、そんなにハンガーの数だってない。可動式のハンガーラックに下げるつもりだったのだが、サイズにつき一本ずつ掛けたって、箱は減らない。
なんだか向う見ずなことをしたんじゃない? そう不安になったところで、松浦が更に追い打ちをかけた。
「美優ちゃん、今日いっぱい届いた荷物、客注?」
言いながら松浦の指した先には、カーゴパンツの大箱がある。
「あ、いえ。出物なんです。安価く仕入れられたので、目玉にしようと思って……」
「ふうん? どんな価格帯で売って、どれくらいで売り切れる?」
あれ、仕入って私に一任されてるんじゃないの? なんか、雲行きが怪しい。
「イチニッパーで、ハンガーラック房掛けです。大体三ヶ月完売を目安に……」
自信満々で二ヶ月なんて言えなくなった。自分が考えていたより大量の商品が、ここにあるのだ。頭の中では楽勝だと思っていたのに、目の前のボリュームに怖じ気てしまう。
「美優ちゃんが独断で仕入れたんだから、美優ちゃんの責任で売り切ってね。責任って、辞めることじゃないよ。わかる?」
つまり松浦も、無茶な仕入れだと思っているってことだ。美優は情けなく上目遣いになる。
紺・シルバー・チャコールの地味な色味は、派手なPOPをつけたくらいじゃ映えない。目立つ場所に置くといっても、そうすると季節物を飾るスペースが小さくなってしまい、季節感の薄い売り場になる。
けれど手に取り易い価格設定で、量販店と競争しつつ良いものを提供できるはずだ。ビクビクしながらもハンガーラックの場所を決め、納めてしまえば売れるような気もする。デザインはごくごく一般的なものだし(って言っても、美優はいまだにカーゴパンツのデザインの良し悪しなんてわからない)生地の肌触りも悪くない。たとえば濡れたときや汚れたときの替えズボンに、便利に使えそうな感じだ。
大丈夫、売れる、と自分に言い聞かせて、安価な商品と訊かれたときの心構えをした。
ところが。二階の客はまっすぐに防寒着と防寒用インナーをチェックし、通常の作業服なんか目もくれない。寒さが増した現在、身体を冷えから守るのが一番重要で、そのための被服を購入すると満足してしまう。ときどきハンガーに目を留める人はいるが、ほぼスルーだ。
「これ、上下で揃わないんですか」
たまにそんな質問は来る。
「下だけのモデルなんです。良い商品ですよ」
そう返事すると、セットアップで安価な商品はないのかと質される。
「やっすい作業服でいいんだけどさ、とりあえず揃えて来いって言われたから」
引っ越しや倉庫のアルバイトに、それらしく形を作りたい人もいるのである。そうなると、上下揃えて着たいと思うのも納得できる。夏なら上は薄いシャツ一枚だが、いかんせん冬なのだ。しかも、これからますます寒くなるっていう。
毎日在庫をチェックして、一週間で売れたのはたったの二本。値の張る防寒ジャンパーは、ちゃんと動いているのに。
カウンターの中に座るたびに、背中の段ボールがとても邪魔だ。在庫の分だけ、物理的にも心理的にも自分の場所を圧迫されている気がする。なるべくそちらを見ないように気を付けながら、まったく減る気配のないハンガーラックを、毎日チェックする。一号店や三号店に分配することも考えたが、美優から言い出すことは、なんとなく気が引ける。
三ヶ月でなんて、とても売り切れない。




