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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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予算はがっちりと使いましょう 2

 作業服の新デザインの入荷が一息吐くと、今度次々に入ってくるのは二次小物類だ。帽子やネックウォーマー、保温インナーも厚手の靴下もボア入りの手袋もと、とにかく細かい。平面ハンガーのフックが足りなくなり、レイアウトし直す始末だ。

 ドラッグストアだってスーパーマーケットだって、もっと安価なものが売っているではないか。わざわざ作業服売場で探す意味はあるのか。ディスプレーした以外に、ダンボールひと箱分の在庫をカウンターの内側に隠す。仕入れ過ぎたろうかと不安になって、客の視線がパネルに止まるたびに買えと念じてしまう。


 ぜんっぜん売れないんですけど。ヤマヤテブクロもアイザックも、辰喜知だって売れるって言ったのに、動きやしない。そう思った翌日に急激に気温の低い日が来て、出社するとフックに掛かっているものが半分になっていた。事前に寒さに備えて買って行くのではなく、今日寒かったから買っちゃおうってなノリなのだ。機能が一番大切な衣服であるから、色気と共に求められるのは商品ごとの特徴である。曰く防風である、曰くリバーシブルである、曰く発熱素材である。ちょっとくらい寒くても可愛ければいいじゃないか、なんて理論は当然ないのだ。かっこよくて寒さを凌げて、しかも他人と被らないもの。

 だから同じ色を何十枚も仕入れるわけにはいかず、カタログで選ぶたびに価格表とPOSデータを確認して、ズレの部分を訂正してもらう。たかだか数十円の利益の差でバカバカしいなんて言い捨てると、後で自分に跳ね返ってくる惧れがある。つまりデータが更新されていることに気がつかずにラベル打ちをすると、レジでバーコードを読んでみたら価格が違ってクレームになっちゃうのだ。


 軽防寒服が出始めたなと思った翌日に、羽織るだけのジャケットの注文が来る。靴下はタオルはとチェックして、ふと気がつくとポロシャツがなくなっていたりするのである。

「おねえちゃん、Tシャツないの?」

「はい、こちらに」

 丸首のシャツを差し出すと、襟のついたものだと言われて首を傾げる。ニットのシャツ全般をTシャツ、布帛のシャツはすべてワイシャツと表現する客は意外に多く、意思の疎通に時間がかかる。

「入れておきます。厚手の冬用も注文できますが」

「いや、汗掻いちまうから薄いヤツ」

 言い分もさまざまで、全部聞いてたら予算は全然足りない。


 しかし、しかしである。一番値の張るはずの防寒服は、昨月に一通り入荷している。普段より動きが激しいとはいえ、一月で全部は売り切れない。ってことは、仕入せずに利益だけ落ちるってことだ。今月予算で季節物を揃える必要はない。では、何を仕入れる?


 定番品を充実させとかなくちゃ。今月は潤沢な予算は、おそらく季節商品が行きわたると同時に、売上に応じて減る。その間に定番品を充実させておけば、伊佐治には商品があると客に認識させられる。スーパーマーケットだって、品揃えの良い店の方が客は入る。ワークショップも同じことだ。

 在庫があってもスペースを取らず、確実に動くものは何だ。手袋と靴下、そしてインナー。担当者が不在だった昨年度以前の二号店の実績は、まるで役に立たない。頼りになるのは自分の勘と、一号店の熱田のアドバイスだけだ。

 POSデータを覗き、自分が目星をつけた商品の半年分のデータを追う。真剣に考えすぎて、肩が凝る。


「よ、まだ頑張ってんの? 六時過ぎたぜ?」

「え、嘘!」

 美優の感覚では、まだ四時を少々回ったあたりだった。

「おお、働き者」

 オレンジの髪は、ワッチキャップで隠れている。見慣れた作業服は、もうブカブカズボンなんて言わない、超超ロングである。

「仕事帰り?」

「うん。親父が寄ってくって言うから、荷物持ち。社員さんに頼んでもいいんだけどさ、みーがまだいるかなと思って」


 私がいるかと思って来たって、それはどういうこと? てっちゃん、私に会いに来たの? そう思った瞬間、顔に朱が上った。耳まで熱くなったのが自覚できて、表情がつくれない。

 赤くなるな、美優! 自分にそう言い聞かせるだけ余計に上気してしまい、どうしようもない。

「俺らの仕事ってさ、普段女と会わないじゃん。ヤローばっかりと喋ってると、おっさん化が激しくなる」

 言い訳みたいに鉄が言う。女と会わないとか言ったって、草野球の試合には女の子が何人も来ていたし、商工会青年部も男ばかりじゃない。

 鉄の真意を測りかねて、美優も曖昧に笑った。

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