衣替えは暦通りではありません その5
朝からひどい雨と風で、傘などまるで役立たずの日だ。着替え一式持参で出勤したけれど、来店する客などいやしない。いや、正確にはまるでいないわけじゃない。雨が降っていても内装工事はできるし、現場が休みの時にゆっくり工具を眺めに来る人も無きにしに非ずだ。けれど、店の中は概ね静かだ。
美優の売り場にも、ときどきひやかし客が入ってくる。けれど真剣に欲しいわけじゃないから、売り場をぐるっと一周してつまらなそうに降りていく。
はっきり言って、超ヒマである。アパレルメーカーは西が多いので、台風が理由で運送が乱れ、商品が入って来ない。客がまばらに入ってくるので、うっかり棚の移動なんかできない。
本当はこんな時に片付ければ良い紙仕事(単品の見積とかPOPを作るとか、探せばいくらでもある)には全然気が行かず、カウンターに頬杖をつく。まだ動きの緩い季節物を眺めると、溜息が出そうである。
マネキンでも着替えさせようかとボディを外し、カーゴパンツを穿かせて身長を決めようとして、ふと肩の高さが気になった。
てっちゃんって、ちょうどこれくらいだよね。私、顎より少し下くらいだもん。
何故そこに鉄を連想したのかは、自分には深く問わないことにする。カーゴパンツだけ履いたマネキンの前に立ち、しみじみと布張りのボディを眺めた。祭りの晒しを巻いた腹と、その上の筋肉質の胸が。
「おい、みー」
「ぎゃーっ!」
階段の音には、まったく気がつかなかった。そんなに熱心に、マネキンのボディを眺めていたつもりじゃなかった。そしてまさか、身長とか裸の胸とか考えているときに、後ろから声をかけてきたのが当人だなんて。
「どどどどうしたのっ」
「どうしたのじゃねえよ、客だよ」
鉄は呆れたように肩を竦めた。
「何も考えないで、ぼけーっとつっ立ってたんだろ。万引きし放題だな」
何も考えてなかったわけじゃなくて、考えていたのだ。内容は言えないが。
「防寒服、去年と同じヤツで五枚。サイズと名前書いてきた」
「ええっと。辰喜知のパイロットで、カラーはブラック? 左胸に社名で左肩に個人名、だよね」
パソコンでデータを出しながら、モデルを再確認する。このあたりの作業は慣れたものだ。
「それは会社につけといて。あとさ、急ぎじゃないけど親父から合羽……」
「うん、手配しました。明日には入荷すると思うけど、流通がちょっと乱れてるみたいで」
そう答えてから、少しつけたした。
「社長、かっこいいよねえ。冷静でやさしくて、偉ぶってないし」
父親であり社長である人を褒めたのだから、それを聞いた鉄の表情に意表を突かれた。尤もすぐに、普段の顔になったが。
なんだろ、あの顔。
「今日、まさかチャリじゃねえだろ? どうせリョウ送るから、一緒に送ってくわ。あとで来るな」
「リョウ君、仕事してるの?」
「いや、これから算数教えんの。あいつ、分数で引っかかってんだ」
ああ、そうか。前にそんなことを聞いた気がする。まだ続いてるのか。本当に面倒見が良いんだなあ。
階段を降りていく鉄に頭を下げていると、すれ違うように次の客が入ってきた。カタログ片手だ。
「ジャンパー作りたいんだけどさあ。どれくらいでできる?」
「お取り寄せですと、一週間から十日ほどいただきます」
「全部で二十枚くらいかな、ロゴ入れられる?」
そんな会話の後ろで、冬物の作業着を選んで待っている人がいる。
「お客様、レジは一階になります」
「いや、会社のユニフォーム作ろうかと」
台風の風がおさまったらしく、気がつけば階下も賑やかになっている。昼過ぎまでの過疎な感じが急になくなっていく。
そして二階にも急にちゃんと用事のある客が、何組か来た。主に防寒用のジャンパーの注文だ。嵩張るものでもあるし、普段の作業着よりも高価だ。嬉しく応対しているうちに、美優の定時は近くなる。今月の仕入れと売上の対比はこれでクリアかな、なんて。




