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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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着衣は体温調節に必要なものです その6

 この前向かい側に座ったときには、間にカタログを挟んでた。共通の話題なんてそんなにないし、せいぜいが花火のときお世話になった社員さんのウワサや、作業着のこと――なんてね。プライベートをほんのり知ったくらいで、いきなり話題は広がるもんなのだ。たとえば応援に呼ばれた野球の試合には、どんな人たちがいるのか。それの説明を聞くだけでも、立派な会話だ。だからカタログを見せて話の接ぎ穂にする必要がなくなる。そして一つの話が上手く繋がれば、次の話題に移行したときにバックグラウンドの説明が不要になる。つまり、相手に対する認識が深まる。

 人間関係の基礎レッスンみたいに、ぎこちなかった会話が少しずつスムーズになっていく。これは喜ぶべきことだろうか?


「みーって彼氏、いないよな?」

 飲み込もうとしたハーブティーを吹きそうになった。もう少し遠回りな訊き方でも良いように思う。

「いないけどさ。てっちゃんだって、私に応援に来いとか言うんだから、いないんでしょ」

 直球の質問には、直球で返すものだ。もったいぶって答えて、思わせぶりを喜ぶような相手じゃない。

「俺さあ、長続きしないんだよねえ」

 会話相手は、頬杖をついた。

「なんかさ、相手が『てっちゃんかっこいい!』とか盛り上がってるときにエンジンかかんなくて、その気になったときには『見た目と違ーう』とかって言われて。そうすっと、こっちも折れちゃうし」

 少し拗ねたような顔をして、愚痴る。男の内情をバラされてるみたいで、面白いといえば面白いけど、なんか少し違う気がする。

 ああ、私はそういう対象じゃないからぺらっと喋っちゃうんだな、なんて。


 見た目と違うのは、納得できる気がする。いい加減に見えて生真面目で、気風は良くて男臭いけど甘ったれだ。一緒に遊ぼうと思っている女の子には地域活動や親から続いたサークルなんて理解できないだろうし、強い男の主体性だけに魅力を感じる女の子はエプロンだの「ばあちゃんが」だのってのは論外だろう。

 でも、実はてっちゃんの半分くらいってそんな感じなのにね。私なら、そんなとこもいいなあって思うんだけど。

 いや、私ならって何だ私ならって。断じてそんなこと思ってませんから。きゅっと唇を引き結び、自分に向かって否定してみる。気を抜くと、認めてしまいそうになる。


「ジャンパー、いつ取りに来る?」

「明後日かその辺。現金だから、いつでもいいだろ?」

「今月中に売り上がるなら、いつでもいいけど。じゃないと、来月の仕入れがちょっとね」

 客にはまったく関係のない話だが、できれば仕入れた当月に売り上げたい。月利益に反映すれば、実績の計算だってしやすい。

「金はもう預けてあるから、行くように言っとく」

 言っとくってことは、鉄が引き取りに来るのではないのか。少々がっかりしながら、チーズケーキを口に運ぶ。

「あ、これ、おいしい」

「俺も頼めば良かった。一口食わして」

 微妙な距離の、微妙なフォーク。


 店を出ると、夏とは違う風が吹いていた。一枚羽織りたいとまでは行かなくとも、もう肩を出した服装の時期じゃない。家の前に車をつけてもらい、自転車を降ろした。

「みーって、本当に普通の家の子なんだ」

「そう、平凡平凡。サラリーマン家庭見本だよ」

 去っていく車に手を振って家の中に入った美優の顔は、ちょっとだけ満足でちょっとだけ不満げだった。

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