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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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着衣は体温調節に必要なものです その4

 なんとなーく面白くない気分のまま、発注書を切る。全部で十七枚の軽いブルゾンは、光沢のある黒だ。入荷すればこれに預かったロゴを入れるために、刺繍店に持ち込まなくてはならない。普段なら、鼻歌交じりで行う作業だ。いっぺんに大量注文で、利益率も悪くない。ってことは、来月の仕入れ経費も上がり、冬服の入荷の予算繰りがそれだけ楽になる。今月中には先買いできる在庫を揃えて来月に備えるつもりだったが、はじめて季節ものを計画的に入れようとしているのだから、不安がつきまとう。


 入れ過ぎちゃって売れ残ったら、それはそれでひと悶着ありそうだし。でも入れないでおいて、防寒着が古いモデルしかない作業服売場ってどうよ?

 最近お馴染みになってきた客たちは、カタログを持って帰っている。あれが欲しいこれが見たいと思っても、現物がなければ見られる場所を探す。そして現物確認した場所以外の店に、注文はしないだろう。つまり、ブツがなければ売れないってことだ。紙を見ただけで、カッティングも風合いも見ずに注文なんかしない。硬貨数枚で買うものじゃない。少なくとも、紙幣が動くものなのだから。


 仕事に私情なんか挟んじゃダメだってば。挟んでないよ。特別に値引きしたわけでもないし、便宜図ってもいないじゃん。じゃあ、あのぶすったれた対応は何よ、客に見せる顔じゃないでしょ。

 自分の中で不毛な言い争いが起こり、どうでもいいじゃんとツッコミを入れるのも、自分自身だ。この感情がどんな意味を持つものなのだか、美優自身はもう気がついている。気がついてはいるが、認めたくはない。認めてしまったら負ける気がする。

 負ける……何にだ。何かにだ。何かって、何?


 自分は半袖のポロシャツを着ているのに、冬物のことばかり考えなくてはならない不思議。それが仕事だろうと言われればもちろんなのだが、自分の目は他人が翌月に望んでいることを見通せるほど、力はない。ああだろうかこうだろうかと予測しながら選び、当たったときが小売業の醍醐味だと学習するほど、小売業に慣れてはいないのだ。

 そうして冬物のことばかり考えていると、とんだもので道草を食う。


 秋は台風シーズンだと、知らなかったわけじゃない。ただ頭になかっただけだ。台風の予報で自転車は止めておこうと電車で通勤した日、昼過ぎにカラになったのは長靴だったか合羽だったか。

 九月中に定番の、手袋と靴下と安全靴を揃えてしまうつもりだった。それでも美優の計算では予算が少し残るから、作業着の出やすいサイズを買い増しして、売り場の充実を考えていたのだ。

 作業着の買い増しどころじゃない。鳶合羽なんて一個もないじゃないの、雨の日にダブダブのもの着てどうすんの!ああ、軽いレインコートもMとLは全然ない、長靴で残っているのは、一番小さいサイズだけじゃない!


 月も半ばを超え、美優の発注金額はもう調整段階に入っている。全部揃えてしまったら、多分今月の予定が狂って予算が大幅オーバーになる。それでも入れないわけには行かない。次の台風の情報が入ってきているのだ。置いておけば今回の台風で買いそびれた人が購入するが、なければ肝心な時に必要なものを置いていない店だと印象づける。つまり、担当者がいなかった頃の二階だ。

 今は私が管理してるんだもん、放置されてたときと違う。お客さんだって私が管理してるってわかってるんだから、欲しいものを用意していないとなれば私の落ち度だと思われる。

 客に月予算がどうのと説明するわけには行かないのだから、店の代表として頭を下げるのも当然美優自身である。頭を下げるのは構わないが、そこに貼られる「何もない店」のレッテルを剥がすのが大変だ。


 普段はまったくアテにできない店長だが、美優の上司だ。ダメモトで相談して予算オーバーは担当者の責任とか言われたら、そこで店の方針だと腹を括るしかない。必要なものをざっと紙に書き、原価と数量を記入して合計金額を出した。

「……全部で十万近くになっちゃうじゃない。てっちゃん、雨の日は現場は休みだって言ってたのに」

 作業服売場の客が、全員外作業なわけじゃない。


「なきゃ売れない。オーバーしてもいいから、発注して。俺の名前で注文書切っていいから」

 松浦はそう指示した。店長はやはり店長であり、先週からの雨具の販売数は正確でなくとも把握していたらしい。

「もう全然ないの?」

「鳶合羽と長靴はカラです。それ以外の不足も多いです」

「全色じゃなくて、色を絞って三分の二くらい入れて。それで多分、今回は乗り切れるから」

 頷いて、頭の中に発注数量を組み立てる。相談はしてみるもんである。

 

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