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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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家庭によって生活も様々です その4

 おにぎりを作るくらいは、大した手間じゃない。抵抗があるのは他人の家のキッチンだからなのだが、鉄は鼻歌交じりに炊飯ジャーの蓋を開けた。

「塩結びでもいいなあ」

 塩結びでもと言われたって、具になるものがどれだけあるのかも知らないし、それを使っていいものかも判断できない。

「やっぱり、おばあちゃんに作ってもらった方が……」

「ばあちゃんはもう、風呂入っちゃってるよ。朝早いから、寝るの早いんだ」

 まだ八時前で、外では花火が打ちあがっているのに。

「若い職人が朝飯食わないで来たりするから、ばあちゃんが世話焼いてんの」


 鉄は普通の顔で言うのだが、美優には驚きの連続である。職人を抱えた会社って、そこまでするものなんだろうか。ここの家の主婦って大変……

「普通はそんなことしないけどね。でもばあちゃんがそうするから、若いヤツが続くんだって話もあるし、ま、半分は趣味だから」

 年配の主婦はきっと、自分の子や孫のような年齢の男が空腹を抱えることを、黙って見ていられないのだろう。


 鉄に断って冷蔵庫を開け、具を考えていると、味噌が目に入った。最近美優の中でひそかなお気に入りは、果たして他人も旨いと思うものだろうか。兄には変だと言われたが、試してみようと思う。

 ごはんの中にチーズを押し込み、きゅっと握った。鉄がニヤニヤしながら見ているので、仏頂面だ。おにぎりを三つ握ったら、掌に薄く味噌を塗る。

「味噌?焼くの?」

「ううん、生味噌のおにぎり。おいしいんだよ」

 手が汚れることが難点ではあるが、美優の味覚はこれがオーケーだと言っているのである。おにぎりを作れと頼んだのは鉄なのだから、文句を言われても食べさせてしまおうと思う。


 皿に載せたそれを、鉄は掴んで口に入れた。外からはまだ花火の音が景気良く続いており、美優は気もそぞろだ。

「旨っ!旨いな、これ。みーが考えたの?」

「うん。ドリアとか好きだから、チーズとごはんは合うって思って。兄貴は絶対食べないけど」

「へー、兄ちゃんいるんだ?」

 瞬く間に三個のおにぎりを平らげた鉄は、冷蔵庫から麦茶を出してグラスに注いだ。

「みーも飲む?」

 じゃなっくって、外でスターマインの音がするんですけど!


「兄弟、いいなあ。みーみたいなのが家の中にいると、面白いだろうな。一日中からかって遊ぶ」

「そんなに仲良くないよ。話題違うし、時間も合わないし」

「俺は一人っ子だからな。兄弟ってわかんねえんだ」

 シンクの中にグラスを置き、鉄は美優の顔を見た。

「すっげー旨かった。また作って!」

 またっつーのは、何だ。

「これ、あったかくないと美味しくないよ。おばあちゃんに……」

「ばあちゃんのメシは旨いけど、なんつーか決まった味なんだよな。たまに友達のとこ行ってメシ出してもらうと、やっぱり母ちゃんの年代とばあちゃんの年代は違うっつーか」


 ああ、そうか。てっちゃんのお母さんは亡くなってるのか。話の中で、鉄の情報が美優の中に入って来る。とりたてて聞き出さなくとも、そうすんなり納得した。他人の家のキッチンでおにぎりを握ることに対する違和感が、急に払拭される。ちょっとくらいならご期待に応えてもいいかなー、なんて。

 また外で、花火の音が響いた。

「花火、見ようよ」

「あ?ああ、ごちそうさん」

 鉄がまた眺めていたのはエプロンなのだと、視線の先が言っている。

「エプロン、そんなに気になる?」

 思わず話を振ってみる。

「え、何で?」

 鉄の顔に、まったく無意識だった証明のように驚きの色が浮かんだ。

「さっきから、エプロン見てる」


 身体の大きな男が赤くなるのが、こんなに可愛いものだとは思っていなかった、うろたえた鉄の顔は、幼い。

「いや、ばあちゃん以外のエプロンなんて見てないからさ、珍しくって。みーだからってわけでもないし。じゃなくって、男のエプロンなんか見たって仕方ないし、やっぱり女の子だとか、ええっと」

 慌てると、口数の多くなる性質らしい。しばらくおかしな口調だったが、少し落ち着くと正直な言葉が出てきた。

「……多分マザコンなんだよ、俺。生きてりゃ鬱陶しかったかも知んないけど、鬱陶しくなる前に死んじゃったから」

 納得の返事ではある。


 外ではまだ花火の音だ。

「てっちゃん、上階うえ行かない?」

「お、ごめん。あと三十分か。終わったら駅まで何往復かするから、待っててな。最後に送ってくから」

 階段を上っても花火とおしゃべりに勤しむ人たちは、鉄と美優には気がつかなかった。

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