本を読むときは、あいうえおから覚えます その4
午後から出てきた店長に発注の必要があるのかと問うと、当然だという返事が返ってきた。
「ええっと、どこに発注するんですか?」
「昨日、POSの使い方教えなかった?」
教えてもらったのは価格の確認だけだと思うのだが、その中に発注先のデータがあるという。
「原価もマスターに入ってる。各業者、最低発注金額があるから、それに合わせて発注してね」
「えっと、それはどこを見れば……」
「ここに一覧表がある。ファックスの注文書は、これで手書き」
ものっすごい説明不足である。ここに社員がいつかない原因の一端があるのだが、松浦は結構忙しい。美優にかまけてもいられないし、いちいち二階に上がって一緒に商品を数えている時間はないのだ。
「明日もあっちゃんが来るから、それからでいいよ。今日は欠品数えといて」
他の社員は客の車に商品を積み込んだり、品出しをしたりしている。手隙なら品出しの手伝いくらい美優にもできそうな気がするが、建築金物の箱ってのは重いのだ。
これじゃ、まったく埒が明かない。熱田が翌日も忙しければ、また放置されてしまう。そして客に、何もないとか呟かれるのだ。手袋の欠品をチェックしながら、ぼんやりと不安な気分になる。大体チェックするといっても、それをいくつ発注すれば良いかも見当がつかないのだ。
階段をのんびり上がってくる音が聞こえ、美優が振り向くと、知った顔があった。
「お、みー坊、働いてるか?」
「叔父さん!」
「ここでは社長って呼んでな。どう?続きそう?」
続きそうかと聞かれても、全然何もわからず、客の来ない売り場にいるだけなのだ。
「わかんないもん。お客さん来ないし、売り場の意味ないんじゃない?」
社長は豪快に笑った。
「ここな、前は下と同じに三店舗の中で一番の売り上げだったんだ。担当者が次々辞めちゃってなあ。松浦君も作業着はわからないって言うし、みー坊に頑張ってもらうしかないなあ」
「お客さんの注文聞いて、発注するだけじゃなかったっけ?」
「ああ、そうしてるうちに何が売れるかわかるだろ」
そんなことじゃ、遅いのだ。少なくとも午前中の客は作業着を注文したんじゃなくて、手袋を切らさないでくれと言った。社長も結局、売り場のことなんてわかってない。
「まあ、売り場のことは松浦君に相談して。熱田も大変そうだから、そんなには動かせないし」
あの店長の舌足らずな説明だけで、何をどうやって発注しろと言うのだ。おいおい覚えるとは言っても、何を覚えたら良いのかがわからない。
あいうえおもわからない子供に、本を読めとか言うな。作業服の売り場に何が必要なのかも、知らないんだから。
「熱田さんが来ないんなら、できない。辞めちゃうからね」
まだ三日目で社長の身内が逃げ出したとあっては、社内にも恥ずかしいだろう。叔父はあっさりと前言撤回した。
「松浦君に言っとくから、これから一号店に行ってみるか?熱田の売り場、見せてやるから」
どうせ美優がいてもいなくても、商品の動きは変わらない売り場だ。
「行く!他の売り場、見てみたい!」
スカスカの棚と色味の汚いハンガーは、本当はどうなっているもの?本に興味を持てば、文字を知りたくなる。好奇心は、進歩の原動力だ。