家庭によって生活も様々です その3
スイカを持って屋上に上がると、すでにコンロは設えてあった。鉄やリョウが笑いながら話している相手は、おそらくこの会社の社員なのだろう。壮年から少年まで十四・五人といったところか。その家族らしい何人かと、もう少し改まった面持ちの人たちは招待客だと見当がつく。
とりあえず、冷たいうちにスイカを食べてもらわなくては。人の固まりの中に顔を出して、手渡してしまうのが一番早い。
「スイカ、召し上がってください。よく冷えてますから」
声をかけながら準備している人間に近づく。
「俺にもちょーだい」
手を伸ばした鉄の視線が一度美優の上に留まり、それから離れて行った。スイカを持ってきた誰かを見たって感じじゃなくて、瞬間ではあるが『見られた』って気がする。
あれ、誰か見てる?
振り向くと、鉄がスイカを齧りながらこちらを向いている。別に用があったり文句があったりするわけではないらしく、物言いたげな様子ではなく、ただ見ているだけみたいだ。振り向いた美優とは視線が合わなかったから、本人も無意識だったのかも知れない。
乾杯の音頭もなくバーベキューがはじまり、早坂興業の社員たちが鉄板の前で働き出した。招待客はシートの上に導かれ、缶に入った飲み物を手にお喋りを楽しみはじめる。
美優はと言えば話し相手はいないし、男ばかりの社員さんの仲間にもなれない。招待客の中に知らない人ばかりでどこの輪に入ることもできずに、クーラーボックスの前を陣取り飲み物係をする。そんなことをしているので、招待客たちは早坂の身内だろうと勝手に勘違いし、やけに気安い。ビールちょうだい、コーラ冷えてる?そんな風に、飲み物を受け取っていく。
「みー坊ちゃん、そんなことさせて悪いね。誰かにやらせて、ゆっくりしてて」
鉄の父親はそう言いながらも忙しそうに、客の相手をしている。
ぱんぱん、と小さく音が聞こえて花火会場に目をやった次の瞬間、光の筋が空に昇って行った。夜空一杯の大きな花が咲き、少し遅れて音が届く。花火大会の時間だ。
誰かが気を遣ってくれて、美優にも肉や野菜をぼちぼち持ってきてくれる。鉄が言った通り花火は正面に上がり、見飽きない。
こんな特等席でなんて、滅多に見られない。花火の音でお喋りなんてできないんだから、これはこれで良かったとしようかな。
そんなことを考えながら、また視線を感じる。振り向けば、やっぱり鉄である。今度は向こうも気がついたらしく、美優に歩み寄ってきた。
「なんか食う?」
「ううん、さっきからいろいろ持ってきてもらってるし。ねえ、屋上で花火って、すっごい贅沢」
折りたたみ椅子に座った美優の横に、鉄はしゃがんだ。いわゆるヤンキー座りが安定しているのは、下半身のバランスが良いからである。(納得できないひとは、やってごらん。脛から下の筋肉が固い人と背骨が立てられない人は、後ろに転ぶから)
「エプロン、わざわざ持ってきたの?」
鉄はちょいちょいっと、エプロンの裾を引いた。
「クニコさんが貸してくれたんだよ。スイカ持ってくるとき、汚れるからって。明日、洗って返すね」
「ばあちゃんの?そんなの、持ってたっけ。みーにちょうどいいじゃん」
からかわれてるのかな、と思った。着てきた可愛い系ワンピじゃなくて、その上に締めているエプロンを褒められたって、自分のものでもないし鉄は見慣れているデザインのはずだ。
「ちょっと小さいよ。それより、飲み物取りに来たんじゃないの?」
「ああ、コーラでも飲むか。帰りに駅まで客乗っけてくから、俺は酒飲めないんだ」
ふと、自分の帰り道を考えた。真っ暗になってから、工業団地の中は怖い。招待客といっても、自分は接待される立場の人間じゃない。勝手に帰れと言われたら、ここから駅までどれくらいあるのだろう。
正面で派手にスターマインが広がり、思考を打ち切って花火に見惚れた。花火は音までご馳走だから、腹に響いてくる音を受け止める。
「エプロン、いいなあ。ねえ、階下行って、おにぎり作ってよ」
「……おにぎり?」
「うん、ばあちゃんが米炊いてるからさ、俺のおにぎり」
「他の人にも、じゃなくて?」
「俺が米食べないと落ち着かないから、いつも俺の分は炊いてあんの。だから、二つか三つでいいや」
はい?他人の家のキッチンで、客用でもないおにぎり?
見返した鉄の顔は、美優の疑問とは裏腹に、ごくごく普通だった。




