家庭によって生活も様々です その1
友達も一緒なのだからと、可愛い系のふんわりワンピースを持って来ていた。(男と出歩く時より女同士のほうが気合が入るのは、どうしたものか)普段ならば上のポロシャツを変えて帰るだけだから、前の晩に考えたのだ。知らない人ばっかりの場所で、どうも大人がメインだとなると、美優の服装は浮ついていそうな気がする。かといってユニフォームのままで行くわけにもいかない。
「友達はまだ来てないんだ?迎えに行っちゃう?」
鉄は鉄で、勝手に早く迎えに来たくせにそんなことを言う。
「友達、具合が悪くて来られなくなっちゃったの。私だけでごめん」
可愛い子だったら残念だったなーなんて、鉄はニヤニヤ笑いながら車の座席に座った。後部には缶ビールと缶チューハイとソフトドリンクの箱が積まれ、他にカワキモノの入っているらしいビニール袋があった。
五分もしないうちに、窓の外に見えた大きな看板は、『早坂興業』だ。駐車場は広い。駐車場の隣の門柱にも社名が大きく入っており、フェンスの横にはノウゼンカズラの橙色の花が高い場所に広がっていた。台車に段ボールをいくつも積んだ鉄の後ろを、キョロキョロしながら歩く。
「おう、てっちゃんお疲れ!彼女も連れてきたの?」
知らないオジサンがタンクトップで庭を歩いてくる。
「彼女じゃないっすよ。言ったでしょ?伊佐治の作業服の子」
「ああ!こんな若い子なんだ!一号店みたいにオバチャンなのかと思ってたからさ」
挨拶をどうしたら良いものか迷っていると、男はさっさと通り過ぎて行ってしまう。
「うちの社員さん。あんなのばっかりだから、心配しないで。事務のパートさんは来れないけど、ばあちゃんもいるし」
飾り気のないビルで台車ごと小さいエレベータに乗り四階まで上がると、鉄は通用口と書いてある扉を開けた。
「ばあちゃん!酒とジュースどうすんの?」
鉄板の扉の向こうに広がるのは普通の家の普通のダイニングキッチンだ。後ろでどうしようかオドオドしている美優にお構いなしに、鉄は扉を開きっぱなしにしてサンダルを脱ぐ。
「上にもう持ってくの?ねえ!」
なんだかいきなり子供の喋り方だ。
「ああ、上に持ってって。クーラーボックスに氷入れてあるから……」
そう言って手を拭きながら出てきたのは、七十代くらいの女の人だ。色白で姿勢が綺麗だから、鉄がばあちゃんと呼びさえしなければ、六十代前半に見えるかも知れない。
「何なの?お客さんが一緒だって言ってくれなくちゃ、挨拶もできないじゃない。まったく順番のなってない子なんだから」
そう言いながら、祖母は鉄を通り越して美優の前に来た。
「あら、可愛いお嬢さんだこと。鉄のお友達?」
「あ、えっと、はじめましてっ。早坂興業さんには、いつもお世話になってまして。今日はお招きいただいて、ありがとうございます。店長からもよろしくと」
緊張して、自己紹介を忘れた。
「伊佐治のねーちゃんだよ、それ」
片手に麦茶の入ったグラスを手にした鉄が、補足した。
「女の子を指して『それ』はないでしょっ!ごめんなさいね、口の利き方も知らない子で。こら、自分だけお茶飲むんじゃなくて、お嬢さんにも出してあげなさい」
祖母は部屋の中を指差した。
「屋上はまだ暑いから、ここでゆっくりしていくといいわ。まだ準備済んでないから、お客様は休んでてちょうだい」
誘われるままにおずおずと靴を脱ぐと、ダイニングの隣のリビングルームらしき場所に導かれた。美優の家の倍くらいある部屋の真ん中には、革張りのソファとガラスのローテーブルだ。もの珍しくキョロキョロしていると、いつの間にやらハーフパンツに穿き替えた鉄が麦茶と菓子を運んできた。
「俺、ちょっと上の準備してくるからさ。テレビでも見てて」
いや、知らないお家にひとりで残されると、思いっきり所在無いんですけど!
綺麗に片付いたリビングの一角だけが、妙にゴチャゴチャしている。棚にはしてあるが、戦車だの飛行機だのの絵のついた箱と、その中身らしき作りかけのプラモデル、小さな工具と本。薄いコンテナボックスと筆をたくさん立てた缶が見える。その横にある腰までの高さの本棚には、コミックスがぎっしりだ。
お父さんのコーナーなのかなーなんて見ていると、自分のグラスを持った祖母が向かい側に座った。
「私もちょっと一休みさせてもらおうかしら。お客さんが来はじめたら、座ってられなくなるから」
そして美優の視線に気がつき、少し笑った。
「あそこはね、テツの巣なのよ。母親を早くに亡くした子だから、寂しかったんでしょうねえ」
てっちゃんのお母さん、亡くなってるのか。道理でばあちゃんが、を繰り返したはずだ。




