来客者数は平均しません その5
そして朝から閑古鳥が鳴く。なんですかね、これは。昨日の賑わいは幻だったのだろうかと考え、これからFAXを送る発注書を見る。もうじき午前便で靴が入るはずだから、それを検品して客先に持っていく。階下もいつになく人の声はせず、店員同士の笑い声とラベラーの音が聞こえるだけだ。
この調子だと、今日はヒマかな?じゃ、軍手は午後から数えて発注すればいいや。
こんな日は、偶にある。ストリートショップではないのだから客が客を呼ぶわけではないのに、店全体ががらーんとヒマになってしまう日。月末月初曜日、何か法則があるのでもなさそうで、対策云々ってほど続くわけでもない。忙しい店舗の中休みだと腹を括るしかないと、松浦が以前朝礼で言っていた。聞いたときは常に人が入らない状態の作業服売場だったので、ふーんと聞き流していただけだった。それが昨日の今日だから、うんうんと頷いてしまう。毎日目が回るような忙しさじゃ、店に出る事自体が疲れてしまう。
入荷した靴を検品し、仮納品書を作ってもらえばすぐに出発できる。ユニフォームのポロシャツとカーゴパンツで外出するのは初めてで少々緊張するが、車で十分と掛からない運送会社だ。注文書のフォームをクリアファイルに挟み、仮納品書とメモ帳とボールペンを持てば準備完了!
あっさりと納品が終わってしまい、一週間後にサンプルを引き上げに来ると言い置いて伊佐治に戻っても、やはり店の中はガラガラである。本当に前日の大騒ぎは何だったのかと、狐につままれたようだ。
軍手をチェックし、一緒に頼む靴下類もチェックし、有り余る時間をまた持て余したりする。本当はそういう時にこそカタログを確認したり売上内容の傾向を考えたりすれば良いのだが、そんなことはぜーんぜんする気が起きない。こっそりパソコンを開いて、スパイダーソリティアなんかしちゃうのである。
何も言わずに入ってきた客が無言のまま手袋を一つだけ掴んで、いらっしゃいませの声に振り向きもせずに階段を下りていく。カウンターの中で立ち上がったままで、それを見送った。
早く六時になんないかな。もう、いてもいなくてもいいじゃない。
そういえば、てっちゃんが来るはずだったと思った五時過ぎ。ぎりぎりって言ってたよなあと思いながら、売り場内を見回ってサイズ表示ごとにハンガーを並べ替えたりしてみる。
雪駄のペタペタした音が聞こえたと思ったら、鉄が売り場内に立っていた。
「気が付かなかった、ごめん。いらっしゃいませ」
頭には毘沙門天のタオルだが、流石に暑いのか半袖のポロシャツと超超ロングである。仕事帰りらしく、なんとなく埃っぽい。
「あっついな、毎日」
手には階下で顧客サービスのために配っている小さな缶入りのお茶が握られている。
「うん、お疲れ様でした。明日は休みでしょ?」
「それそれ、そのために来たんだ。明日、うち来ねえ?」
まず、その概要はなんだ。
「家で花火見るの?」
「家ってか、うちの屋上。人がいっぱい来るからさ、バーベキューとかするし」
屋上でバーベキューって、どんな豪邸よ。美優の驚いた顔を見て、鉄も言葉足らずに気がついたらしい。笑いながら、補足してみせた。
「うちの一階は資材で、二階が事務所。人間が住んでるのは三階と四階なの。木造の民家想像してたか」
そうか、鉄の家はサラリーマン家庭じゃない。けれど、四階建てのビル?
「てっちゃんって、もしかして次期社長?」
「もしかしなくても、そのつもりだけど」
美優の頭の中で、社長のイメージが大きく変わった。社長って別に、スマートな生活してるんじゃないのね。
「花火は真正面に見えるし、わいわい飲むの楽しいよ。奥さん連れてくる人もいるから、女一人にはならないし」
花火が真正面っていうのは、結構魅力的な申し出だ。人混みで林檎飴より、バーベキューのほうが楽しそうでもある。
「うん、じゃ行こっかな。地図書いて?」
「買い出し帰りに拾ってってやるよ。友達もここで待たせときゃいいだろ」
そんな言葉に頷いて、翌日の約束は済んだ。




