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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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来客者数は平均しません その4

 ぬるめに張った湯の中で眠りそうになり、慌ててバスタブから出た。朝から忙しかったよなあなんて自分を労い、冷蔵庫で冷やしてあった化粧水を叩く。明日の段取りとしては、今日受けた作業服の発注と入荷した靴を検品して、それから軍手類が少なくなってた気がする。

 私って、こんなに仕事熱心だったっけ?売上が上がったって、別に時給がポンと跳ね上がるわけじゃない。みんな働いてて、私の倍売ってる人が倍の時給を貰ってるわけじゃないんだから、適当にあるものを売ってればいいんじゃない?店長だって、作業服売場なんて放置してるじゃない。


 エアコンの効いた部屋でアイスクリームを掬う。

「まーた夜中に甘い物食ってる。この前ダイエットとか言ってたくせに」

「うるさい、兄ちゃんだって食べてるじゃない。私は自転車通勤だけど、兄ちゃんは運動らしい運動なんてしてないでしょ」

「信用金庫の営業舐めんなよ?一日中歩ってるようなもんだぞ。熱中症で死にそうだ」

 兄とそんな風に言いあっていると、美優のスマートフォンが軽快な音を立てた。SNSからメッセージが届いたらしい。開くとトップに表示された名前は、早坂鉄だ。

――みー、明後日の晩ヒマ?

 これだけの短い文章なのに、吹き出しの中の言葉が鉄の声に変わる。短いセンテンスが鉄っぽいのだ。明後日の晩って、まさかデートのお誘い?そんなわけないか。

――バイト終わればヒマだけど?

 即座に返信をするのは、お約束である。


――明後日の晩、うちの屋上で花火見るんだけど、来る?

「うちの屋上?」

 思わず声に出して呟くと兄がスマートフォンの画面を覗き込み、慌てて隠した。隠すようなことでもないのだが、鉄のアイコンは自分の写真なのである。あのオレンジの髪を金融業の兄が見て、どう思うかは想像がつく。翌日は確かに隣の市、つまり伊佐治のある近辺で花火大会があるのだが、それを鉄の家から見るということか。それにしても、うちの屋上。屋上のあるつくりの建物なのだろうか。

――屋上って?

――友達つれてきてもいいよ。かわいい子お願い。

 土曜日の晩のことではあるし、誘う友達がいないこともない。けれどまったく知らない男の子の家で花火を見るなんてことに、尻込みしない友達はいたろうか。

――家から花火見るの?

――説明すんのめんどくさいから、明日行くわ。時間ギリギリになると思う。

 要領を得ずにメッセージが終わり、アイスクリームが緩んでいる。スプーンでかき混ぜながら、首を傾げた。


「おまえ、客からもみー坊なんて呼ばれてるんだって?」

 兄がニヤニヤしながら、ゴミ箱にアイスクリームのカップを放り込んだ。

「小学生顔だから、ごっつい職人たちからバカにされてんじゃない?」

「誰がそんなことまでっ!」

 質問するまでもなく、情報源は叔父イコール社長であるのだが。

「あんなのにばっかり慣れて、趣味悪ーくなっちゃうんだぜ。自分もダブダブのニッカポッカで……」

「ニッカはダブダブしてないわよ!何にも知らないくせに!」

 自分も数か月前までは、そう思っていた。趣味悪い、品がない、なんて。今そう思ってしまったら、自分は趣味が悪くて品がない商品を取り扱っていることになってしまう。


 断じて断じて断じて、それは違う。趣味は合わないかも知れないが、彼らはオシャレだ。立襟シャツにきちんとアイロンをかけている人、汗の匂いに気を遣って必ず拭き取りシートを持って歩く人、上から下までのコーディネートを楽しんで、頭に巻くタオルまで選んで買って行くのだ。

 カッコイイ靴、カッコイイ作業着、粋なアクセサリー。それを提案し提供するのが、美優の仕事だ。意識して考えたことはなかったが、気がつけば自覚は湧いてくる。

 明日はまた、ちょっと忙しいかしらん。そう考えながら、美優は自室に引き上げた。

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