来客者数は平均しません その3
結局発注書の書式を作り始めたのは午後三時過ぎだった。データ処理の会社にいたので入力はお手の物だが、基本的に事務職の経験のない美優は、他社の発注書を手本に作成しなくてはならない。一覧表にする以外に入れるのは、ええっと。
考え込んでいたので、足音が聞こえても画面から視線を離さずに挨拶をした。売り場を歩く気配を感じながら、レイアウトをチェックしていた。
「お姉ちゃん、地下足袋どこ?」
「左一番奥です」
「固いの入ってるの、売ってる?」
ここまで言われたら、接客しないわけにいかない。
「安全足袋、ありますよ。ハゼの数はいくつでお探しですか?」
なんなのよもう!今日に限って何があるっていうの!
結局、発注書をレイアウトし終えたのは六時を過ぎていた。やっと帰れるとばかりにカウンターの上を片付けると同時に、客が入ってきた。客が入ってきたのがわかっているのに、その場を離れることはできない。
「いらっしゃいませ」
微妙に顔が引き攣っている気がする。疲れたから、とっとと帰ってお風呂入りたいんですけど。
「ああ、いたいた。この前カタログ貰ってったやつで決めるから、社員のサイズ書いてきたんだ。裾上げと刺繍も頼みたいんだけど」
ニッパチの枯れはどこ行ったんですか。本日、何か憑いてますか。
「はい、どのモデルで決まりましたでしょう?」
顔はあくまでもにこやかに、頭の中では明日の昼過ぎにしてくれと呟くが、相手に聞こえてはならないのだ。なんで八月の中旬過ぎに夏の作業着を作ろうと思ったやら。
モデルと色を確認し、相手の名刺を受取って刺繍のロゴの指示を受ける。
「この形で冬物も頼みたいんだけど、十月までに作れる?」
「はい、承ります。今日はメーカーが終わっちゃってるので、納期を確認してご連絡します」
「夏物はいつ揃う?」
「一週間ほどで、刺繍まで済ませてお渡しできると思います。メーカー在庫を確認しますので、少しお待ちいただけますか」
せっかく電源を落としたパソコンをもう一度立ち上げ、メーカーのウェブサイトにアクセスする。
「申し訳ありません。こちらのブルゾンのLサイズが、今季終了になってます。次回生産は来春になっちゃうのですが」
「シャツならある?」
「それは、ありそうです」
そんなこんなで客と話し終えると、また一時間が経過していた。本日、商売繁盛めでたしめでたし!でももう外は暗いんだけども!
ぐったり疲れて着替え、階段を下りるといつもの売り場の賑わいが見える。作業服のオニイチャンやオジサンが真剣な顔で工具を選び、陽気な顔でレジと軽口を交わしている。自分の売り場にあの活気がそのまま来たら、多分捌ききれない。今日で十二分に堪能してしまったわ。
「お先に失礼しまーす!」
声を張り上げたら、松浦が驚いた顔で振り向いた。
「まだいたの?」
「いました!明日はよろしくお願いします!」
「なんだっけ?」
おそらく松浦にとっては、安全靴の搬入なんてついでくらいにしか見えていないに違いない。
「安全靴のサンプル一揃い、搬入です。人を貸してくださるんですよね?」
忘れていたらしい松浦は、曖昧に頷いた。
「あ、ああ。明日用意できたら、声かけて」
「十一時にアポとってます。よろしく!」
更にぐったり疲れた美優は、背中を丸めて自転車のペダルを踏んだ。




