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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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先行発注は三ヶ月前に行われます その6

 前回の交差点まで送ってもらい、鉄と別れた。

「ごちそうさまでした。お客さんにご馳走になっちゃった」

「もう、友達じゃね?」

「そうかも。うん、そうだね。今度は私が奢る」

 そう言う程度に楽しかったし、鉄は思ったよりもヤンチャじゃない。

「女に奢ってなんか、もらわねえよ。また近いうちに行く」

 ドアを閉めて、窓越しに手を振っただけだ。お互いの連絡先は交換したけれど、少し親しくなれば当然のことで、別に特別なことじゃない。


「ちょっと遅かったのね。ご飯よ」

 普段ならば母親にそう言われても、食べてきたから要らないと素っ気なく返事するだけだろう。

「食べて来ちゃった。連絡しなくてごめん」

 素直に詫びの言葉が出た。せっかく夕食の支度をして待っていたのにとがっかりするのは、多分鉄の祖母も美優の母も同じだろう。

「あらそう、今日は豆ご飯なのに。美優が好きだから、いっぱい炊いちゃったわ」

「おにぎりにして、明日お弁当にする。今度からちゃんと連絡するね」

 一度口に出してしまえば、少しの行動修正なんて容易だ。家に連絡する手間なんて一分もかからないのに、億劫がったり自分以外の人の手間に多寡を括ったりしてるから、お互いに文句が出る。悪意でやったことじゃなくたって、面白くないものは面白くないのだから。


 父も兄も食事を終えた後、美優は残った豆ご飯をおにぎりにして、フリーザーに並べた。残った副菜も弁当箱に綺麗に並べると、母が驚いたように見ている。

「明日のお昼に、事務所であっためて食べる。私の分のご飯だったんだもんね」

 先刻まで不満そうだった母の顔が、機嫌良く頷く。ばあちゃんががっかりするからなんて言った鉄は、ちゃんとそこを気遣っていたのか。

 今まで誰がそんなことを言っても、クソ真面目な人だなーくらいで自分の行動を省みることはしていなかった。みんな自分と同じくらいテキトーで身勝手で、アルバイトだろうが正社員だろうがそんなに変わらない生活をしているのだから、中身も同じ気になる。


 同年代の鉄は、確かに面倒見が良い兄貴肌ではあるらしいが、言葉遣いは悪いし行動も乱暴で、服のセンスも洗練されていない。だから人間を相手する繊細さには欠けると思っていた。誰に対しても、自分のほうが感じ良く応対できると。

 叔父さんも熱田さんも、てっちゃんのことを「いい子」だって言ってた。あれって、こういうところが見えてるんだ。ってことは、私の子供っぽさも丸見えじゃない!やだやだ、他人って雰囲気まで見るのね。



 翌朝、美優は自転車を漕ぎながら、自分の売り場で通常では動かない品物を思い浮かべていた。木綿の下着、色の変わってしまった手袋と靴下、箱が潰れて中身が剥き出しになった足袋、他にもあるかも知れない。あれを、少しずつでもお金に変えられれば。たとえばきちんとした商品を買う時に、ついでにひょいっと手に取るような金額に設定すれば、不良在庫は減って売上が増える。増えた売上で、数は少なくとも新商品を仕入れることができれば、それを売ってまた新しい商品が入れられる!


「店長、売れない商品を大幅値下げして売っていいですか?」

「動く見込みのない商品を動かすのは、担当者の仕事でしょ。原価見てから決めてね」

 原価を見ろなんて言葉は、故意に飛ばすことにした。何年も前からあったと推測され、これから何年先にもあると予測ができるものなんて、まっとうな商品と認めてやるもんか。動かない商品を動かすんなら、原価なんて無視してやろう。

 自分の考えの大胆さに笑い出しそうになったが、相談相手のいない場所では決定は自分のみだ。一号店には、くすんだ棚なんてなかった。手遅れになる前に捌いたのか値下げ処分したのかは、美優にもわからない。

 いいの。この売り場の責任者は私だもん。これで単品が赤字になるなんて言われたって、結果的に利益になるって証明してやる。


 二階に上がり、自分が売り場に必要じゃないと思ったものをカゴに放り込んでゆく。びっくりするくらい棚がスカスカになったが、ここに新しい商品をディスプレイできると思うとワクワクする。

 冬物入荷までに、これを全部売ってしまおう。回転率の良いインナーを置いてもう少し稼げれば、防寒服の仕入れ価格の心配が減る。

 大きめの段ボール箱をカットして、階段を上がってすぐ目に付く場所に置いた。

『この箱の中、よりどり税抜三百円』

 そう派手なPOPをつけて、商品をバラバラと投げ込んだ。きちんと並べるよりも、掻き混ぜて宝探し気分になったほうが買う気になる。自分も靴下やアクセサリーをそうやって探すのが好きだから、男も同じだろうという理屈だ。


 早速訪れた客が段ボールの前で立ち止まり腰をかがめて、変色した靴下を掴んだ。

「五足で三百円なら、履き捨てちゃってもいいな。穴が開いてるとかじゃないんでしょ?」

「もちろんです、もちろんです。ちょっと爪先が日焼けしちゃってるんで、正価で売れなくて」

「靴履いちゃえば見えないから、これでいいや」

 元々の目的だったらしい安全ベストと一緒に、男は靴下を持って階段を下りて行った。階段の上には、美優のガッツポーズがあった。


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