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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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先行発注は三ヶ月前に行われます その5

 客っていうのは、意外に売り場を見ているもんである。確かに何年も前のシャツが売り場にある。しかもアウターじゃなくて、木綿の肌着が。イマドキの薄くて軽いインナーじゃなくて、深いUネックの白い肌着とズボン下が棚に鎮座していることは気になっていた。あろうことかパッケージが黄ばみ、下手すればシールの粘着がなくなって袋のフタが閉まらなくなっているものもある。

「捨てるわけにはいかない、と思う。一応仕入れたものなんだろうし」

「あんなの着るのなんて、相当な年寄りじゃねえ?まあ、三百円くらいなら買うかもな」

 サンビャクエン?それなら売れる?余計な在庫を少なくして、さらに売上も上げられる?頭の電球が、ぴかっと点いた。

 明日、安売りして良いかどうか店長に聞いてみようっと。


「みーってさ、伊佐治に入る前は何してたの?」

「え?普通にお勤めしてたよ。データ処理会社で、入力業務してた」

「ふうん。なんで伊佐治に入ったの?」

「会社が潰れたから。就活するのも面倒だったし、叔父さんが楽だって言ってたから」

 楽な仕事だって確かに聞いた。客から受けた注文を発注し、裾上げするだけだと。

「……嘘だったけどさ」

 ぷっと膨れてみせる。聞いた話だけなら、とても簡単だったのだ。ひとりでフロアを回すことのしんどさなんて、全然聞いてない。ましてあんなに取扱いアイテムが多いなんて。


「忙しくないだろ、客いないんだから」

 それはもちろん図星である。

「忙しくはないけど、大変なのっ。仕入れとか取扱い品目とか、おじいちゃんのパンツ見せられちゃったり、商品が少ないってグチグチ言われても仕入れ予算貰えなかったり」

「そりゃ楽して金貰えるとこなんか、碌なもんじゃないだろ。フーゾクだって楽じゃないだろうし。それより、じいちゃんのパンツって何だ?」

 相槌で突っ込むとこ、そこ?

「試着室じゃなくて、通路で着替えちゃう人って結構多いのよ。穿いてカウンターの前で長さ測って、その場で脱いじゃって、体温の残るズボンの裾上げ」


 実際、今日もそんな人がいたのだから仕方がない。年齢(さすがに二十代・三十代にはいない)じゃなくて、客の性格に拠るものらしい。試着室に入るのは億劫だし、そこに売り場のお姉ちゃんしかいないのだから、いいじゃないかと思うらしい。着替えを見せられたお姉ちゃんが困ることは、念頭にないようだ。

「パンツ脱いでたら犯罪だけど。いいじゃん、中身がポロリとかあったらラッキーって感じで」

 鉄がニヤニヤと笑い、ムキになって否定しようとしてバカバカしくなった。そうか、笑い話にしちゃえばいいのか。 


「どうしたら、売れるのかなあ」

 頬杖をついた美優を、鉄が笑った。

「なんだ、仕事の話ばっかりだなあ。みーってもっと、テキトーなのかと思ってた」

 そう言われてやっと、仕事の話しかしていないことに気がついた。今は仕事中じゃなくて、プライベートな時間だ。

「相手がてっちゃんだから、だよ。お客さんでしか、会ったことないじゃない」

 さすがに友達と遊びに出たときに、仕事の話はしない。

「だからってよ、仕事終わってからもそんなかぁ?」

 そういえば、鉄の仕事の内容の話なんて、聞いたことはない。奢ってやるなんて言ったくらいだから、少なくとも鉄は美優と過ごすことが暇潰し以上になると思っているのに。

「……ごめん。退屈だよね」

 ちょっと申し訳なくなって、美優は上目遣いになった。


 国語の教科書でしか見たことのない、破顔一笑なんて言葉の意味を知った気がする。美優の詫びに応えた鉄の笑顔は、それくらい気持ちの良いものだった。

 うわ、てっちゃんて、すっごくイイ奴!一方的に仕事の話ばっかりされたら、私なら面倒がってぶすっとした顔になっちゃう。

「いいよ。伊佐治が便利になれば、俺らも楽だし。祭のときにも青年部の奴らがいたろ?あいつら、ワーカーズとかで買ってんだけどさ、伊佐治で用が足りれば近いし無理利くし」

「お祭の手伝いって、顔を売るチャンスだったのか……」

 そこまでの指導はされていなかった。もっとも顔を売って来いと言われたところで、あの場所で企業PRなんてできなかったろうが。そのための伊佐治の法被であり、ユニフォームだったのか。

「リョウが懐いてた女は誰だって話になってたから、ちゃんと用は足したと思うよ。出会いのない職場の男ばっかりだから」

「もっと愛想良くしとくんだったなあ。ざんねーん」


 パフェか何か食べたいんじゃないのかと、鉄がもう一度メニューを広げる。前にコンビニエンスストアで会ったとき、鉄は弁当を二つ持っていた気がする。美優の兄ですら、外食で二人前なんて余裕だ。

「てっちゃん、ごはん足りたの?」

 甘いものを選びながら、美優は疑問を口にした。

「ばあちゃんが作ってるからな。要らないって言うとがっかりするから、家で食う腹は残しとかないと」

 母親に夕食の支度不要の連絡もせずに外食した美優は、少しきまり悪く口元を抑えた。

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