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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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年中行事も対応します その6

 直会の準備も終わるころ、参道が湧いた。神輿の帰還らしい。手伝いもそわそわしはじめ、世話役の中年者たちが見ておいでと背中を押してくれる。

「私たちが若いころは、もっとすごかったんだけど。男なら担げたのにって、悔しかったのよ」

 地域によって祭りが違うことは知っていても、誰がどんな形で参加してるのかなんて、知らない。報道で見る祭りは華やかで、神輿の担ぎ手の肩が腫れ上がるなんて情報は流れない。


 石段の上に立つと、最後の揉みははじまっていた。数段上っては戻る神輿の、担ぎ手の掛け声のテンポは早い。

「おいさ!」

「ほいさ!」

 段の下にいる男たちが、後ろから中に紛れていく。誰かが担ぎ棒に取り付くたびに、動きが激しくなる。階段は担ぎ手で溢れかえり、薄暗くなった鎮守の林は、社殿からの灯りと階段下の屋台の灯りだけだ。担ぎ手たちの表情も汗も見えず、神輿の金の飾りがきらきらと舞う。

「おいっさ!」

「ほいさっ!」

 掛け声だけが勇ましく、頭上よりも高く持ち上げられた神輿を彩っている。


 ああ、綺麗だ。これに誰が携わっているのか、まったく知らなかったなんて。なんて勿体ないことしてたんだろう。知っていればこの迫力が、何倍も迫ってくるものなのに。ただ勇ましく威勢が良いだけじゃない。神輿を担ぐことに意義があるのかどうかは知らないけれど、汗まみれになって肩に痣作って、髪まで染めて真剣に取り組んでいる人たちがいる。


 神輿は階段を行きつ戻りつして少しずつ近づいてくる。

「ああ、今回は揉みが長いねえ。若衆が強いんだな、御霊様も喜んでるんじゃないか」

 隣で眺めていた老人が、感慨深そうに言った。揉みが激しければ激しいほど、喜ぶ神なのだという。強いと言われた若衆の先頭は、鉄だ。いくら体力自慢でも何時間も神輿を練ってきたのだから、そろそろ肩も限界に近いだろう。増えた担ぎ手に押し出されて神輿の担ぎ棒から離れてしまった人間が、まだ階段の下に控えている。

 ずうっと見ていたいような、早く休ませてやりたいような。目を逸らすこともできず、美優は神輿の動きを追っていた。


 一際の掛け声で、神輿は階段を上り切った。いつの間にやら担ぎ手の平均年齢が上がり、身体が一回りずつ大きくなっている。頭上高々と神輿を持ち上げ、宮入になる。若衆は半分以上押し出され、宮入のための年寄連が中心になっているらしい。

 無事に神輿が納められ、渡御が終われば三本締めだ。お手を拝借の声に、美優も思わず手を合わせる。自分の手を打ち鳴らす音さえ聞こえぬ喧噪の中で、気分が高揚する。

 お祭りって、食べ歩きや見物を楽しむものじゃない。参加することが楽しいのだ。


 大急ぎで直会の行われる場所に戻れば、もう汗だか何だかわからないものにまみれた男たちが、次々と戻って来る。プラ舟から勝手にビールや清涼飲料水を取って、冷えてないだの一本じゃ足りないだのと言いながら、乾杯を待ち構える。

 準備する方は慌てて鮨桶の蓋を外したり漬物のどんぶりを配ったりしているのだが、集会場だけで全員納まるわけじゃなくて、外に長机も用意している。

「中に入るのは、年寄連だけだから。若衆はすぐ帰っちゃうから、残ったお寿司もらって帰ってね」

「え?飲んで行かないの?」

 高揚しているだろうから、長々と飲んで陽気になるのかと思っていた。

「若い者の長っ尻は野暮だから、って言いたいとこだけど、実はみんな疲れちゃって飲み食いできないんだ」

 教えてくれた世話役の言葉に、深く頷く。


「明日仕事を休める人ばっかりじゃないからね。職人さんが疲れ引きずったら、危険でしょ」

 妙な場所で、職人という言葉を聞いた気がする。

「職人さんが多いんですか?」

「どっちかっていうと、そうだね。祭り装束と職人装束って似てるでしょ?地域の職人が祭りを仕切ってた名残みたいだよ。土地に密着した職業だから、土地に密着した行事参加が多いんじゃないかな」

 普段なら話もしないような年代の世話役は、若い女の子に解説できることが嬉しいのかも知れない。美優の交友層では得られない知識を披露してくれる。

 無駄じゃなかった。無関係でもなかった。休日出勤分プラスアルファで、何か得たかも知れない。


「お、みーがここにもいる。見たか、宮入」

 缶ビール片手の鉄と、顔にコーラの缶を押し付けたリョウが笑う。

「リョウ君、肩は大丈夫?」

「大丈夫っす!途中から、痛いのなんてどーでも良くなっちゃって」

 二人とも、頬が真っ赤だ。ひどく日焼けしたに違いない。

「すっごくカッコ良かった!お神輿効果で男前だった!」

 上半身脱いでしまっている胸に、汗はまだ流れ続けている。肩はひどく内出血しているし、腹に巻いた晒しもビショビショだ。


「ありがとうな、今日。また伊佐治でな」

 本当にあっけなく、若衆が帰っていく。寿司を一つ二つつまみ、汚れた白足袋のままで。

「お疲れっした!」

 片手を上げて表参道に向かう後姿は、どれもやけに清々しかった。

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