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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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年中行事も対応します その4

 二日目、前日の屋台に出勤するとすぐに、売り子から休憩所の世話係へと申し渡された。

「東町内会館前が最終休憩地だから、そこで年寄連の指示もらってね。そこから宮入みやいりあとの社殿まで」

「何するんですか」

「町内会館は多分、水分補給と漬物出すくらいかな。宮入したら酒と寿司だから、そっちは年寄連に訊いて」

 宮入、つまり神輿を社殿に収めるまでを間近に見ることができるらしい。これは少し嬉しいかもしれない。

 というのも、宮入前が結構派手な祭りなのである。まだ担いで練りたい若衆と、神輿を納めなくてはならない年寄(っていっても、実際は壮年である)が、参道である急階段を揉むのだ。若衆から気迫と腕っぷしで神輿担ぎの主導権を奪う年寄連が、階段の下で神輿を待ち構えている。

※注)練るっていうのは、押し戻しつつ前に進むっていうか、そういう意味。揉むってのは激しく揺り動かしたりすること。「乳を揉む」じゃなくて「満員電車に揉まれる」の方ね※


「今年は面白いと思うぞ。若衆の先頭が早坂の三代目だから」

 早坂の三代目とは、もしや。

「おとっつぁん、ぼやいてたぜ。俺もまだ担ぎてえって」

「年寄連が本当にジジイばっかりになっちまったら、宮入できなくなっちまうからなあ。数えの二十九までにしとかないと、えらいことに」

 続きそうな話の中に、ちょっと疑問を挟んでみる。

「社長(叔父さんとは言わないでおく)、早坂の三代目って……」

「みー坊も知ってるだろ?あの派手な頭」

 知ってます知ってます、えっとそれが神輿の先頭って。

「あの子は気風が良くて煽るのが上手いから、年寄が手古摺るだろうな」

 ふうん。てっちゃんって、地域にしっかり根っこ下ろしちゃってるのか。なんだか上っ面ばっかりの地域振興参加のこっち側と、全然違うんだ。


 行けと言われた町内会館前では、すでにプラ舟に清涼飲料水の缶が沈んでいた。コンクリートを練るための舟の用途はこれだったらしい。

「あ、伊佐治さんが来てくれた」

 世話役らしいひとりに、持ち場を指示される。ブルーの大きなポリバケツ(飲食店のゴミ置き場にあるアレだ)の中にホースで水を入れ、大きな氷を入れた。何本かの金属の柄杓を渡され、町内会の名入のタオルが横に積まれる。長テーブルの上に置かれているのは、軽い菓子類と胡瓜の塩漬けだ。

 そこに遠くから掛け声と笛の音が聞こえてきた。

「おっ、来たぞ」

 先に神輿を乗せるウマが入ってきて、近くで鬨の声が上がる。どこかで派手に揉んでいるらしい。

「私、何をすれば良いのでしょう?」

 美優もやけにそわそわしてしまい、働かなくてはならない気分になった。

「そこに立ってて、やってって言われたことしてればいいよ。肩にタオル当てたいヤツにはタオルやって、甘い飲み物より水が欲しいってのもいっぱいいるから、柄杓渡して。女の子がいれば、みんな喜ぶから」

 そんなアバウトなことで良いのだろうか?他に何人か控えている主婦たちは、紙皿を出したりおしぼりを作ったりしているのに。


 ピーッと高い笛の音と共に、町内会館の前で突然大音声の掛け声が聴こえた。

「来るよーっ!」

 法被姿の男が誘導のための棒を振りながら駐車場にしつらえた休憩所に入ってくると、後ろから威勢の良い男の声が響く。わっせい!わっせい!と叫びながら、揃いの法被が黒と金に輝く神輿を押し進める。

 鉄の姿が見えないと、美優は思う。確か先頭だって言ってたのに。それにしても、このカッコ良さは何なんだろう。男の集団ってむさいばかりのはずなのに、野太い声も暑さに歪んだ顔も、汗まみれの法被まで良く見えちゃう。

「下ろせーっ!」

 神輿がウマに乗せられ、担ぎ手たちは一斉に肩を抜く。そして思い思いに休憩所の場所を取り始めた。美優が待機していたポリバケツ前にも、水やらタオルやらと人がやって来る。


「みー!」

 そう呼んだ人が誰なのか、一瞬わからなかった。黒い髪を短く刈り上げ、暑さでか興奮でか、頬が紅潮している。肌蹴た法被の下の胸筋は固そうで、腹に巻かれた晒しと白い半股引から伸びる足が逞しい。

「伊佐治からはみーが来たのか。松浦のおっさんじゃ、テンションだだ下がるからなあ」

「てっちゃん?髪は?」

「黒染めってやつ。一応神事だしな。ちっと水かけてくんねえ?」

 そう言いながら頭をぐっと下げ、水をかける場所を示す。

「ここからさ、ざばっと」

 法被を肩から抜くと、首から上腕に続く筋肉が浮き出た。それはひどく生々しく、男臭く見えた。

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