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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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年中行事も対応します その3

 隣で誰かがかいた氷にシロップをかけ、客に渡して料金を受け取る。ひっきりなしに訪れる客に、何もここで氷を買わなくても家で作ればただ同然でできるだろうと、悪態のひとつも吐きたくなる。自分は屋台のかき氷を口に運ぶくせにである。シロップが赤かろうが緑だろうが、原料は一緒だ。

「おっ社長、がんばるねえ」

 汗を流しながら焼き鳥を焼く叔父に、客から声がかかる。

「いらっしゃい。今日はご家族連れで、楽しいですねえ。お嬢ちゃん、つくね好き?なら一本サービスしちゃおう」

 叔父が調子よく常連客に愛想をふりまく。

「工具で儲けてるんだからさ、夜店でまで儲けなくてもいいじゃないの」

「いやいや、零細企業ですからね。そうだ、来月は電動工具のフェアやるんで、遊びに来てくださいよ」

 手回し良くさりげなく、チラシを一緒に渡していたりする。


 お祭りの日に仕事のチラシなんか渡したって、捨てられちゃうのに。そう思いながら、黙々と(若干ぶすったれて)客に氷を渡す。

「あれ、社長のお嬢さん?」

 そう声をかけられて、頭を上げた。

「いえ、二号店の従業員です」

「女の子なんていたっけ?事務の人もいるのかあ」

 店長が横から口を挟んだ。

「柿山運送さん、いつもカウンターで用事済ませちゃうから。その子は二階担当なんですよ」

 柿山運送と呼びかけているのだから、結構な常連客なのだろう。

「え?二階に人なんていたの?上がったことないから、知らなかった」

「二階は軍手とか作業服。柿山さんの手袋も、普段は二階に置いてあるんです」

 店長の説明に、美優はにっこり頭を下げた。


 常連客っていうのは、売り場を知っているものだと勘違いしていた。実際には必要なものだけを揃えさせて買っていく客の方が多いのかも知れない。

「へえ?この子が売り場にいるの?じゃあ、今度顔出してみようかな」

 そう言われれば、愛想のひとつも言わなくてはならない。

「はい。いろいろ慣れてませんけど手袋もたくさん種類がありますので、一度見てくださいな」

 営業スマイル付である。


 叔父の顔が驚くほど広いのか、それとも祭りに来る人たちに普段の客が多いのか。結構な頻度で客と軽口を交わし、時々チラシを渡したりしている。

 テントに貼った「工具店・伊佐治」の文字や取扱い品のPOPに反応した人に、店の場所を説明したりしているところを見れば、屋台が広報場所になっていることは否定できない。そんな工具店があることを知らない人でも、祭りには出てくる。普段ホームセンターで購入している層が、工具の専門店があるのだと知れば、興味をひかれることもあるだろう。

 顧客獲得のうちだと言った叔父の言葉は、あながち出まかせというのでもなさそうだ。

「あれ、みーさん?」

 いきなり目の前に立った客に名指しされ、思わず顔を見る。

「リョウ君!うわ、彼女?」

 リョウが同年代の女の子と一緒に、浴衣を着て立っていた。


 リョウと中学校の同級生だったという女の子は、はにかんで頭を下げた。その髪の色や化粧方法で、成績の良い子供の行く学校に行っているのではないことくらい、察しはつく。それでも恋人が親しげに話しかける人に無遠慮な目を向けたりしない程度の常識はあり、話している最中に自分がいることを忘れないでくれとアピールすることなんてない。

 学校の成績や持っている仕事の種類、そして化粧や服装の趣味。それにばかり重さを置いていると、多分いろいろなものを見失う。同年代の鉄が、美優よりもずっと大人なように。

「そういえば、てっちゃんは一緒じゃないの?」

 店にはリョウが鉄に連れられて来ているので、リョウがいると必ず鉄がいる気がする。

「クロガネさんは明日の準備で神社に行ってるよ。俺も明日は担ぎ手だもん」

「担ぐ?」

「神輿だよ。見に来てよ」

 リョウと彼女にかき氷を大盛りサービスし、手を振った。


 そういえば、神輿の担ぎ手ってどうやって集めるんだろう。市の広報紙で募集していたり張り紙があったりなんて、見たことはない。女友達は神輿を担いだりしないし、学生の時にそんな話を聞いたこともない。

 都内の有名な祭りでは、町内会持ち回りで担ぐのだと聞いたことはある。町内会単位で募集するのかしら?そうしたら、回覧板にでも書いてあるのかな。

 誰が担いでるのかなんて、気にしたことないや。神輿は眺めるもの、屋台は買い物するところ。今までと違う立場で祭りの中にいるって、これはこれで面白いかも。

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