本を読むときは、あいうえおから覚えます その2
二日目は手袋で、やはり同じようなものだった。作業用手袋と一口に言っても素材も形もさまざまだと教えられ、ラベルを見て覚えてくれと言われただけだ。
「んん、売れ線商品が品切れてるね。店長に発注の仕方、教えてもらった?」
「何も、聞いてないです」
午前中に少しだけ、バーコードを使う価格の確認は教えてもらった。高校生の頃にスーパーマーケットで品出しのアルバイトをしたことがあるから、その要領はわかる。そして確認したものにラベラーで価格シールを貼る、そこまでだ。
「えっと、お客さんからの注文を発注するだけって社長が……」
「声に出して注文してくれる親切な客ばっかりじゃないのよ。目の前に商品が無ければ、商品の揃ってる店に行くでしょ。スーパーマーケットに、マヨネーズがないから入れておいてくれなんて頼む?」
ハタと考え込む。そういえば、ここに在庫があるってことは誰かが品出ししてるってことだ。まさか何年も前から、同じものがサンプルとして置かれているわけじゃないだろう。
「発注は、各担当者がするのよ。マスターは本部で作るから、新規商品はJANコードで登録申請するの。何分かで作ってもらえるから、POSで確認して値付け」
言っている言葉の意味が、まるでわからない。
「発注は基本的にはファクシミリでね。電話だと何頼んだか忘れちゃうから」
「自動発注するんじゃないんですか?スーパーはそうでしたけど」
「こんな規模の店で、そんなことできるわけないじゃないの。ノートと鉛筆持って、毎日足りなくなりそうな商品を拾うのよ。そのときに売り場をチェックできるから、棚の乱れなんかも直せるでしょ?」
そう言いながら、熱田は積んであった安全靴の箱をサイズ順に並べ直す。
「ほら、こうして並べておけばお客さんも探し易いし、自分にも欠品が見える。明日は来れそうもないから、午後から棚整理しておいてね。一号店、明日は納品が多いのよ。夏物をどどっと発注しちゃったから」
「衣替えだからですか?」
企業の衣替えで、何社かに納めるのかも知れないと、美優は思う。
「時期だもの。タツヨシさんの今年の新商品がちょっと良い感じだから、力入れて売ろうかなって」
なんだかニュアンスの違う言葉が戻ってきた。カタログやサンプルで注文を受けたものを売るんじゃないわけ?
階段を上がってくる足音に、熱田は声を張り上げた。
「いらっしゃいませーっ!」
その明るく弾んだ口調につられて美優も口の中で呟くが、相手には届いていないトーンだ。
「あれ、熱田さん?二号店勤務になったの?本店じゃないの?」
声の主は熱田の名前を知り、一号店を本店と呼ぶ。つまり、結構な常連さんか。
「ううん、新入社員の研修の助っ人。てっちゃんは今日はこっちで買い物?」
てっちゃんと呼ばれた男は若い。多分、美優と同じくらいだ。ふたりが会話しているのに、熱田の横に立っているだけならば用はないと思い、美優は場を離れようとして呼び止められた。
「美優ちゃん。この子ね、結構しょっちゅう顔出すと思うわ。お得意さんだし、家もここの近所だから」
美優は曖昧に頭を下げ、よろしくお願いしますと呟いた。
「熱田さんの娘?高校生くらい?」
面白がっているような声が聞こえる。
「新入社員の研修って言ったでしょ。可愛いけど、成人してるわよ。彼女が二号店の作業服担当になるから、いろいろ教えてあげてよ」
お客さんに教えてもらうって、何を?美優はぼんやりと男の顔を見上げた。
「ふうん。二号店の作業着って、おっさん臭いのばっかりだからなあ。カッコいいの入れてよ、トビはスタイルだぜ」
張った筋肉をTシャツで覆い、裾が広がったダボダボのズボンは足首の部分で締まっている。足元に見える鼻緒は雪駄ってものだと思う。そして海賊巻きの薄手のタオルの下に見えるのは、オレンジ色の髪。美優の今までの生活に、こんなタイプとの接点はない。
「チョウチョウがこんなに少ないんじゃ、話になんないしね」
「蝶々?」
美優の問い返しに、てっちゃんは爆笑した。
「熱田さん、教えちゃダメだよ。俺、二号店に来る楽しみにすっから」
皮手袋(と、熱田に教えてもらったばかりである)の包みを掴んで、てっちゃんは笑いながら階段を降りていった。
「熱田さん、蝶々って何ですか?」
頼りなげな美優の問いかけに、熱田は笑顔を返した。
「商品を把握すれば、すぐにわかるわ。教えたら、てっちゃんに怒られちゃう」