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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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年中行事も対応します その1

 渡された納品書を確認し、美優は小さく声を上げた。月予算の一割になる金額を、発注した記憶なんてない。しかも、内容にも覚えはない。

「地下足袋五十四足って……」

「あ、それは客注だから、金額だけ管理してくれればいいの」

 店長にあっさりと言われて胸を撫で下ろすが、その客注の内容を担当者が知らなくて良いのだろうか。

「こんなにたくさん買われるのって、企業ですか」

「いや、町内会。毎年それくらい買ってくんだ」

 そこまでの説明で、店長の前に客が立った。町内会が毎年地下足袋を買って、何をしようというのだろう。


 POSのデータを確認して、地下足袋が売り上げ済で納品になっていることを知る。客先は東町内会、一緒に納品されているのは名入のタオルが二百本と、コンクリートを混ぜるためのプラ舟三個。

「……?」

 なんだかよくわからない組み合わせだと思いながら、とりあえず納品書に担当者印を押して本部行きの引き出しに入れた。疑問は疑問として、差し当たっての仕事をしてしまわなくてはならない。


 売り上げが徐々に上向いてきているのは、肌で感じることができる。売り場に人間がいるというだけで、覗いてみる気になる人は多いのだ。まるで無人の打ち捨てられた売り場は気味悪いが、管理する人間がいて商品が入れ替わっていれば、いくらかの期待が発生する。前月に熱田から借りた作業着が呼び水になり、手袋や靴下を買いに来た人が、作業着をチェックしていくことが増えたのだ。

「朱雀じゃなくてさ、辰喜知入れてくれないかな」

「うーん。どんなものを入れたら買っていただけます?」

 多少なりともスムーズに、客とそんな会話ができる程度には慣れたらしい。前月の売上が予想外に行ったらしく、当月七月の予算は、いきなり九十万に跳ね上がった。

「先月、百万も売りました?」

「客注もあったし、梅雨入りで雨具も出たしね。当然なんじゃないの?」

 にこりともしないで、松浦は言った。


 それに対して、言ってやりたいことはある。当然じゃないじゃないか。シルバー人材センターが来ても対応するのが今まで通り階下の人間ならば、裾上げを他店の作業着担当に頼まねばならず、時間が倍以上かかったはずだし、美優が売り場に立つまで雨具も長靴も在庫を置いていなかったのだから、来店者が他店で購入することも多かったはずだ。

 前以て段取りのできる工具や建築資材と、作業服の販売は違うのだ。インターネットで買い物のできる現在、アパレルの店頭販売の強みは現物を確認できる点でしかない。それを主張しても、実績のない売り場への視線は変わらないだろうが。


 ぼうっと就業カレンダーを眺めていて、ふと七月の最終週に気がついた。青字で記載されている伊佐治のイベント予定に、市民祭り参加(二号店)とある。土日で行われる市民祭りの日、美優は普段通りの勤務をしてから友人と祭りを楽しむ予定だった。

 市民祭り参加って、聞いてないんですけど!ってか、私は日曜日定休だよね?アルバイトなんだから、イベント関係なくいつも通りでいいんだよね?

 休憩室で一緒になった宍倉に、訊ねてみる。

「いや、美優ちゃんはどうか聞いてないけど。今まで作業服売場にいた女の子は、みんな出てたねえ。やっぱり屋台でも、女の子がいたほうがお客さん来るし」

「屋台っ?」

「うん。そろそろ検便の容器が来ると思うよ」

 いや、本当にまったく聞いてないですから。まさか通達しないで全員理解するくらい、当然のことなんですか。


 翌週、本当に当然のように松浦は保健所の注意書きと容器を美優に渡した。

「この前、足袋もたくさん出たでしょ。そろそろ準備しないとね」

 そう言われて、あの地下足袋が何に使われるものか理解した。神輿の担ぎ手が履くのだ。

「お祭り、私も仕事ですか?」

 少々情けない声が出た。そんなに大きな祭りではないが、友達と屋台の食べ歩きは楽しいものだ。

「年間スケジュールにあったでしょ?女の子にいてもらわないと」

 説明しなくてもその予定でいるのは当然だとばかりに、松浦は返事した。

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― 新着の感想 ―
[一言] 店長がとにかく無関心で言葉足らずなのが厄介ですねぇ。
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