お客様にも、いろいろいます その4
なんだか疲れた顔してるねと母親に尋ねられて、美優は夕食を摂りながらコトの顛末を説明する。父親と兄はまだ帰宅していないから、ふたりだけの食卓だ。
「あらやだ、こわーい。兄さんが言ってたのと、ずいぶん違うわねえ。女の子でアルバイトなんだから、まわりの人が助けてくれてもいいのにね」
母親はそう言うが、前提から間違っている。伊佐治の店舗を見に来たことのない母親は、まわりに人がいないことなど想像できない。
「売り場には私しかいないもん。大丈夫だよ、対処はできたから」
「でも、ヤンキーっていうの?ああいう人も多いんじゃないの?」
まあ、ありがちな偏見ではある。
「そりゃ、見た目は髪がオレンジだったりもするけどさ。真面目に仕事してる人のほうが多いと思うな」
確かに今日は怖い思いをしたし、実際とんでもない客(厳密に言えば客じゃなくて、万引き未遂の犯罪者だ)だった。けれど、たとえば鉄に関して言えば、美優よりも遥かに真面目に仕事に取り組んでいるし、プライドだって相当なものだ。他の客も常識的だし、逆に知識の薄い美優に対して親切だとさえ言える。見かけで判断するのは早計だと、学習は済んだばかりだ。
「仕事だもん。いろいろあるよ」
「兄さんに、内勤が空いたらそっちって頼んでおこうか」
「いいってば。別に危険はないんだから」
怖い思いをしたまま帰宅していれば母の申し出は有難いものだったのかも知れないが、即座にそれに飛びついてしまったら、鉄とリョウの好意を無にしてしまいそうな気がする。自分は店員で鉄とリョウは客で、ただの取引関係ではあるのだが、励ましたり万引き犯を指摘したり、美優が店員であることに協力しようとしてくれた。
大丈夫、がんばる。せっかく顔覚えてもらったんだし。
テレビの前で膝を抱えて座った美優は、ドラマを楽しんでいる。画面ではスーツ姿の俳優が、綺麗なオフィスで女の子と軽口を交わしていた。自分の知らない世界では、あんな風に会社生活が送られているんだろうか。女ばかりのデータ処理会社と工具店以外には、華やかで楽しい勤め先があるのかしら。怖い人に理不尽に怒鳴られたり、聞いてもいない予算を急に申し渡されたりしない職場。
中途採用なんてしてくれないかな。ハケンで行けるんなら、ちょっと体験してみたい。伊佐治を辞めたいと思っているわけじゃない。自分も可愛いワンピースか何かで、スーツ姿の見目の良い男の子と話してみたいって夢想である。未体験のことだから楽しく空想して少し羨ましくなるが、そのオフィスの中には陰口好きな同僚や、セクシュアルハラスメントに勤しむ上司は存在しない。つまり、隣の芝生ってやつである。
思わずスマートフォンで求人情報を開き、はっと我に返る。先刻の決意は、どうした。
「おはようございまーす!」
平和ないつもの出勤風景だ。
「あ、美優ちゃんにお客さん来てるよ。ご指名で」
二階を指差され、クレームだろうかとビクビクしながら階段を上がると、シルバー人材センターの代表格だった人だ。
「ああ、来た来た。この前はありがとうね、みんな喜んでたよ。でね、大勢で押しかけて手間かけちゃったから、悪かったねえって」
老人は手に軍手の束を持っていた。町内会の草むしりに使うものを、わざわざ買いに来てくれたのだと言う。
「これはね、作業服売場のお姉さんに、みんなから。こんなもので申し訳ないけど」
ショルダーバッグの中から、小さなクッキーの箱が出てくる。
「いただけませんっ!仕事ですから当然です!こちらこそ手際が悪くてご迷惑を……」
固辞する美優に手渡せないと、老人はカウンターの上に箱を置いた。
「孫みたいな子が世話焼いてくれてって、みんな嬉しがってたよ。気持ちだから、食べてやって」
また来るよ、と言い置いて老人が階段を下りて行く。振り向かない背中に深々と頭を下げ、大きな声で感謝の意を口にする。
「ありがとうございました!」
不手際でバタバタで、アドバイスだって口から出まかせ。そんな対応でも、あんなに感謝してくれる人がいる。未熟な店員で申し訳ありません。
昨晩綺麗なオフィスでどうのと思ったことは、払拭されたようだ。売り場に仁王立ちになり、商品の乱れをチェックする。店員だって客だって、いろいろいるのだ。




