お客様にも、いろいろいます その3
「客商売ってのも、いろいろいて大変だよなあ。俺はできねえ」
へたりこんだ美優の頭をぽんぽんと叩きながら、鉄は言う。
「あんな客、殴ってやりゃあいいんですよ。ぎゃあぎゃあ騒いで、しかも盗人じゃないっすか。ナンバー、見ときゃ良かった」
美優の代わりにリョウが憤慨しているのを、鉄が諌める。
「ばぁか。客と喧嘩する声が店中に聞こえたら、今売場にいる客はどう思うよ?伊佐治って客に怒鳴るような店だってか。だから悔しくても、頭下げたみーは偉かった。リョウもちっとは考えて物言え」
あ。てっちゃんて、思ってたより大人だ。一歳しか違わない筈なのに、ちゃんと考えなくちゃならないとこ考えてる。お店の人は私なのに、私よりお店のことわかってるみたい。
客に怒鳴られた興奮が少しずつ鎮まってきて、美優はやっと立ち上がった。
「よし、よく頑張った」
頭を撫でる鉄の手が、妙に心地良い。深いことを考えて、客に頭を下げたわけじゃなかった。大きな声で凄まれたのが怖くて、早く自分の視界から消えて欲しくて頭を下げたのだ。けれど、それは間違っていなかったという。それだけで嬉しい。
指導者の指導が薄い美優は、自分で判断して覚えるしかない。正解か不正解か答えのない接客業は、とても怖いことがあるのだと初めて知った。
今までの客は、みんな手のかからない客だったのだ。棚から勝手に商品を持っていく人然り、いつも決まったものを買って行く人然り。シルバー人材センターさんだって、不手際を指摘する人はいなかった。客が増えれば客の要望も増え、接客のバランスが変わる。
そして、鉄とリョウに向かって言っていなかった言葉を、やっと発した。
「いらっしゃいませ」
「おう、いらっしゃってました!」
リョウが嬉しそうに、紫色の革手袋を持ってくる。
「いいっすね、これ!誰かが持ってっちゃっても、俺んだってわかる」
「ああ、よく失くなったとかって騒いでるもんな。使い捨ての安価いのにすりゃいいのに」
鉄が言い切る前に、リョウは買うと宣言した。
「洗って使うから、いいんです。俺はまだいい作業服バンバン買うほど金ないから、小物くらいカッコつけたいじゃないっすか」
鉄がニヤニヤ笑う。
「リョウ君も、鳶はスタイル?」
美優の質問に、リョウは照れくさそうに笑った。
「鳶のベテラン、カッコイイっす。形だけ真似したって、仕方ないっすけどね」
形だけでも一人前になる。そこにリョウの心意気を感じたような気がする。鉄の掌が、リョウの頭をぱんと叩いた。
「十八まで、高所はできねえ。それまでみっちり、覚えられるだけ覚えとけ」
「はいっ!」
鉄の先輩面は、結構頼もしく見える。
ありがとうございましたと、鉄とリョウを見送る。まだ怖かった気分は微妙に影を落としているが、暗い顔で帰途に着かなくてもいけそうだ。
大丈夫、間違ってなかったと言ってくれた人もいる。殴られたわけじゃない。明日もちゃんと出社できる。




