揃いのユニフォーム承ります その4
八時五十分、美優の出勤時間である。店の横に自転車を着けて、鍵を引き抜く。
「美優ちゃん。もうお客さん来てるから、急いで急いで」
店から顔を出した松浦が、上を指差す。どうやらシルバー人材センター様がご来店になっているらしい。階段を駆け上がり、慌ててスタッフジャンパーに腕を通して名札を付けた美優の頭は、少しだけテンパっている。
来店すると言っていた時間は、確か十時だった。
「おはようございます!」
頭を下げて挨拶した相手は、およそ十五人ほどだ。残りは第二陣か何かで来るのだろうかと思ったら、来ないと言う。
「サイズ聞いて来たから。股下も書いてもらったから、適当に裾上げて」
そんなんで良いなら、何も大勢で来ることもないだろうに。そう思いつつ、サイズを書いた紙を受け取った。
「サイズを一通り揃えましたので、順番にご試着お願いします」
カウンターの上に各サイズのジャンパーを並べ、手助けに来てくれた利器工具(刃物のことだ)担当の水田に上半身を任せるつもりでいた。自分は試着室の前で定規を持ち、裾上げの長さを確認するはずだったにも拘わらず、老人たちは勝手にジャンパーに腕を通している。
「Mでも大きいですよ、私は小柄だから」
「俺はLかと思ってたんだが、腹がきついな」
「それ貸して……ああ、こっちのサイズだ。お姉ちゃん、これでいいや」
「さっき着たやつにしてよ。何だっけ?」
何故か全員が美優に向かって話しかけるのである。一覧表にジャンパーのサイズを記入し始めると、今度はパンツを穿いた人が試着室から出てきてしまう。
「水田さん、ジャンパーお願いします」
言いながら試着室に走ると、すでに自分の着ていたズボンに戻って裾を折ったカーゴパンツを持っている人がいる。慌てて定規で折り返しの長さを測って一覧表に記入し、次の人に回す。
「ああ、こりゃきついわ。もう一つ上のサイズじゃなきゃあ」
「前田さんは足が長いから。私なんか股下五十七センチしかない」
「こんなでかいのじゃダメだ。お姉ちゃん、ウエストの七十三ってやつ」
ひとりひとりに返事していると、肝心のサイズを書き逃しそうになる。試着室はひとつしかないのに、老人たちの数は多い。ひとりの折り返しの長さを測っていると、後ろから声がする。
「俺もそっちの大きさで穿いてみる。次貸して」
「はい、お待ちくださいね」
屈んだ姿勢で振り向くと、仰ぎ見た先にあったのは。
「っ!!!」
思い切り口を引き結び、辛うじて悲鳴を飲み込む。ブリーフはやめてくださいブリーフは!せめてカラーのトランクス……ってか、なんでそこで下着になってんですか。
試着室の空きを待っていられない老人たちが、売り場の通路で勝手にカーゴパンツを穿いている。
「俺、八十五でいいや」
「えっと、裾は?」
「さっき折ったんだけどなあ。あ、須藤さんが次に穿いちゃったのか。いいや、家で母ちゃんに上げてもらうから」
そんなことでいいなら(以下略)だ。試着を終えてサイズを記入した老人たちが、バラバラと手袋や靴下のコーナーで、てんでに自分の興味のあるものを物色している。泣きそうである。
水田は何をしているのかとカウンターを見れば、一覧表にサイズは入っているが、当人の姿がない。ジャンパーのサイズだけ書けばお役御免とばかりに、自分の売り場に戻ったのかも知れない。脱ぎ捨てられたジャンパーが脱いだ形のまま、カウンターに放り出されている。
来た人間の名前部分の作業服の一覧表が終わり、カウンターに突っ伏したいところだが、まだ終わらない。ゴム手袋にだってサイズがあるのだ。以下略が続いてしまう会話は、割愛することにする。ついで買いの帽子や手袋を持って、一緒にレジに行く。
「いつ頃揃う?明日くらい?」
本体も揃わないのに、裾上げはできない。これから発注して翌々日に入荷と考えて、それからミシンを使うとなると。
「五日から六日いただけますか。出来上がったら、こちらからご連絡差し上げます」
明日とか言われてるのに、結構な違いである。
「なんだ、そんなにかかるの?ワーカーズなら、一日で揃うのに」
ワーカーズっていうのは、テレビでもコマーシャルを流している作業服専門店の大手チェーン店だ。
「申し訳ございません。個人商店ですもので」
松浦が助け船を出さなければ、美優はそこで固まっていたかも知れない。




