揃いのユニフォーム承ります その2
再度訪れた老人は、すでに勝手を知ってでもいるかのように、他のふたりに美優を引き合わせた。
「こちらがね、今日相談に乗ってくれるから。プロの意見も、ちゃんと聞いておかないとね」
相談に乗るって何をだ。プロって一体誰のことだ。つっこみたがる自分を押さえつけ、美優はにっこり微笑んだ。はったりに自信は、ない。
「担当させていただきます相沢と申します。よろしくお願い致します」
頭を下げて名札を指し示せば、向かい合っているのは三対一の人数でも、美優の後ろにあるものの大きさが変わってくる。美優は現在、三人の客を迎えた工具店・伊佐治の代表だ。売り上げが上がれば美優自身が嬉しいのはもちろん、伊佐治に利益が落ちる。
「僕はこの色がいいと思うんだけどねー」
「白っぽいのは汚れるから、黄土色とかで」
「それは、いかにも爺くさい」
三人の老人たちの意見は、統一していない。カタログを持って帰って相談するんじゃなかったのか。
「そこに吊るしてあるの、いいんじゃない?」
指差されて、美優は慌てて振り返る。そりゃあスタイルとしては良いが、ストレッチスリムなカーゴパンツとライダースジャケットを老人が着るとどうなるのか、イメージはできているんだろうか。伊佐治の顧客たちは、基本的に筋肉自慢で肩幅が広いのだ。太い腕やがっしりした腰に張り付くストレッチのデザインを、胸が余った状態で着るとどうなるのか考えているのか。美優が口を開く前に、他のふたりが自分の意見を告げる。
「いや、ああいう若向きのは窮屈だから、こっちのほうが……」
だから、それは高所用って書いてあるだろう!太腿に余裕があっても、裾は細いんだってば。その裾を上げたら、ただの太いズボンでしょう。午前からカタログで勉強した付け焼刃の知識でも、老人たちの意見はツッコミどころ満載である。
カタログを見ながら、あーでもないこーでもないと意見を戦わせている三人の中に、入れない。時々どう思うかと話を振られるから、場を外すこともできない。隣で一緒にカタログを覗くのみである。
「じゃあ、須藤さんの意見もあることだし、これが無難かな」
ようやっと意見の一致をみたころには、小一時間経っていた。なんてことない、いわゆる作業着のデザインである。濃紺のジャンパーと同じ色のカーゴパンツで、ポケットにトリコロールのテープが若干の彩だ。
「こちらは合服になりますが、夏冬と変えなくてよろしいでしょうか」
これからの時期には厚い生地だが、冬の外作業では寒い素材だ。一応確認しておくに、越したことはない。
「あ、いいのいいの。暑ければ脱ぐし、冬は上にも着るから」
「年寄りだから、冷やさないほうがいいんだ」
この部分の意見は、一致しているらしい。老人のひとりが名刺を出し、それにはシルバー人材センターの所在地と電話番号が記載されている。それから、手書きの一覧表には二十三人分の名前と身長と体重、それにウエストサイズ。M・Lと書かれているのではなく、あくまでも身長と体重だ。
「それで見当つけて、揃えてくれるかな。裾上げも頼むから、全員で一回試着して、寸法採って貰わなくちゃらないし」
ちょっと待って欲しい。男サイズと女サイズは基準が違うから、身長と体重だけ見せられたって美優にはサイズの見当がつかない。そしてメーカーによってカッティングが違うから、ウエストサイズだけで合わせるのは難しい。
美優が頭に手を当てている間に老人たちは売り場をウロウロして、手袋を試着したり帽子を手にもってみたりしている。
「こんな派手な帽子じゃなくて、年寄りにも被れるようなのを置いといてくれれば買ったのに」
孔雀の総刺繍のアポロキャップを手に持ち、美優に話しかけたりもする。いや、あなたがた用の商品を入荷させたって、他に需要がありませんから!
「お姉さん。こっちの手袋とこっちの手袋、自転車整理に使いやすいのはどっち?雨の日に手が濡れるからさ」
どっちも専用じゃありませんから、自分の使い勝手でお選びください。そうは言えないので、一緒にサンプルに手を入れてみたりもする。
三日後に全員で試着しに来るという言葉を残し、老人たちは去って行った。とりあえず、一通り試着できるようにはサイズを揃えておかなくてはならない。数量をどうしようか考えた末、松浦に相談するとアバウトな返事が戻った。
「言ってきたサイズだけ入れといて、試着だけしてもらったら?試着室は一個しかないんだから、サイズ採るのも自分でできるでしょ?」
二十三人分、美優だけで試着を進めてサイズを採れと言うのか。頭がクラクラする。




