揃いのユニフォーム承ります その1
着替えて売り場に立つと、カウンターの前には既に客がいた。一階のひとりがカタログを広げて相手していたが、美優の顔を見るとほっとしたように、相手を引き継いで降りて行った。曰く、二十人くらいでユニフォームを揃えたいのだという。作業着売り場なのだから、申し出は不思議じゃない。数年前のデータを見れば、企業のユニフォームを請け負ったこともあるらしい。担当者がいない期間に客が離れたのだとしたら、新規の顧客を開拓する必要はある。不思議な気分になったのは、ユニフォームを揃えるのだと言った人間が、どう見ても七十を過ぎている人だからである。
美優の祖父はまだ存命だが、七十は越えている。その祖父よりも、もっと老けて見える。どこかの社長さんだとしても、そんな立場の人が自分から工具店に足を運ぶものだろうか。
「今ね、カタログをちょっと見せてもらったんだけど、これなんかいいなあと思って」
指差した先にあるのは、地厚なクラッシュデニムのライダースジャケットとカーゴパンツだ。タウンユースしても違和感のないデザインだが、生地自体が重くタフで、着る人を選ぶタイプである。カタログは足長細マッチョのモデルが粋に着こなしているが、筋力の衰えた人が着たら、肩が凝るだろう。
「カジュアルでお探しですか?どんなお仕事かに拠ると思いますが」
仕事内容の説明が手におえなければ、嫌がってもなんでも松浦を引っ張って来ようと心に決め、美優は質問をした。目の前にいるのは腹だけが出た老人だから、よもや本人のために選んでいるとは思えなかった。
「いや、自転車の整理とか公園の草刈りなんだけどね。予算もらったから、作業着のいいのを揃えようかと思って。だから金額は気にしなくていいんだ」
自転車の整理とか草刈りとか?
「ええっと、会社のユニフォームですか?」
「いや、市のシルバー人材センター。午後からまた何人かで来るけど、下見がてら」
美優が頭の中でシルバー人材センターの言葉をなぞっている間に、老人は次のページを開けた。
「ああ、これもいいなあ。足の太さにゆとりがあって、動きやすそうだ」
ページには高所用カーゴパンツと書いてある。自転車の整理は、高所作業ではないだろう。
老人はカタログを何冊か抱え、店舗の在庫を一通り眺めた。ハンガーに掛かっている雑多な作業服は上下セットでは揃っていないし、サイズも大きいか小さいか(つまり売れ残り)に限られている。
「いっぺん戻って、みんなにこれ見せてくる。それからもう一回来るから、相談に乗ってもらおうかな」
相談に乗れとか言われても、草刈りや自転車の整理に特別な機能の作業着なんて考えられない。好みの形と色の問題だと思う。
「じゃ、午後から来るからね。作業着の他に、丈夫なゴム手袋なんかもあるといいな。それも頼めるの?」
「はい、もちろんです!」
二十人分の作業着と手袋、頭の中で電卓を叩く。店頭価格だけで考えれば、それで今までの月売り上げの三分の一程度は稼げる。客注仕入れは無制限だが、売り上げ自体は個人の実績とされるはずだから、翌月からの仕入れ経費は増額される計算である。
不思議なことに、美優は辞めようとは思わなかった。その前までいたデータ処理会社は女ばかりで退屈な仕事と噂話にうんざりしていたし、仲の良い同僚が辞めてしまった時の取り残され感に比べれば、ひとりの売り場は気楽だ。それに、自分が選んで仕入れたものの手応えが直接掴める快感は、数少なくとも覚えたところである。僅か二ヶ月のキャリアでそれを持ったのは、社員として放置された分好き勝手に動いても何も言われないから、思うままに自分の仕事を組み立てることができるからだ。
よし、売ってやろうじゃないの。シルバー人材センターご一行様、いらっしゃいませ!




