休みの日に作業着は着ません その4
「あの子、いくつ?」
試着室に入った男の子はあまりにも子供子供していて、高校生以上には見えない。
「十六になったばっかじゃないかなあ。中卒で預かったから」
「まだ十五っす!」
試着室の中から、元気な返事が聞こえる。
「早生まれなんで、一年お得でー」
「十六になるまで、単車の免許取れねえだろうが」
鉄の言葉と同時に、試着室のカーテンが開いた。
服装って不思議だ。キャラクターのTシャツとビーチサンダルの時には、リョウは十代半ばの頼りない男の子に見えた。着慣れていない初々しさはあるが、身に着けてしまえばちゃんと鳶職の人に見える。美優の好みの問題じゃない。たとえば大学生からスーツに着替えて会社員になるように、作業服を着て職人になるのかも知れない。
「いいじゃん」
鉄が褒めるのを、不思議な気分で聞いた。
「シャツ出すなよ、ベルトは紺でいいだろ。ベージュとグレー買って、洗い替えにすれば?安全靴は自分で選べよ」
嬉しそうにリョウが頷くのを見ると、美優も少し嬉しくなった。
私って、結構重要な仕事してるのかも。外で会えば趣味の合わないオニイチャンでも、ここで服装を整えれば頼もしい職人さんになる。
見た目に惑わされるなって言葉は、見た目は重要だって意味だ。重視しなければ惑わされることなんてない。らしくしなさい。男らしく、女らしく、学生らしく、社会人らしく。反発のモトでしかなかった言葉は、ここでは誇らしさを持って受け入れられる。職人らしくなる、職人の仲間だと自己主張ができる。
「トビー!って感じしますかね?」
リョウの質問に、鉄が答える。
「見習いだろ?百年早え」
荒い言葉が、妙に優しかった。
幸い、リョウに必要なものは全部その場で揃った。熱田に借りた作業服と、前月に仕入れた安全靴で事足りる。
「二号店で全部揃うなんてことがあるから、大雨なんだな」
憎まれ口を利きながら籠を持った鉄の横に、リョウが立つ。
「これからどんどん、商品だって揃うもん。てっちゃんのお財布じゃ間に合わないくらい」
合計六点お買い上げですっかり気を良くした美優は、ぽんぽんと返事する。考えてみればその、気を良くする要因は鉄の(正確に言えば鉄の父親の、だが)購入である。
「みーの趣味じゃ、期待できない」
「どういう意味?」
思わずむっとした声に、鉄の笑い声が重なった。
「まあ、ちょっとは使えるようになったんじゃないの?リョウも新しい作業着で出勤できるし」
階段の上から鉄たちを見送れば、もう就業時間は終わりだ。
ユニフォームから着替えて階段を下りると、まだ鉄とリョウは階下で商品を見ていた。この店は工具店なのだと、改めて自覚する。自分の売り場は二階フロアだけで、基本的には一階で何をどう売っているのか知らない。小型の機械や金物を扱っていることは知っていても、その客層まで考えたこともない。ショウケースの前であれこれと松浦に質問している鉄は、二階で美優をからかう時とは別の顔をしている。
あれが仕事の顔なのか。どちらかと言えばきつい表情で、隣に立つリョウは口を挟まずに、神妙な顔をしている。顔つきを見れば、鉄と松浦のやりとりの半分も理解していないだろうと予測はできるが、勝手に他の売り場を見たりキョロキョロしたりせずに説明を聞いている。これが多分、このふたりの本来の関係性なのだ。指導のできる立場の人間と、指導されなくては動けない人間の組み合わせ。
ふうん、そっか。着るものだけで仕事するわけじゃないもんね。
「ありがとうございましたー。お先に失礼しまーす」
カウンターに声をかけて傘を広げようとすると、リョウが走り寄ってきた。
「みーさん、駅まで歩くんですか?」
朝からひどい降りで自転車は使えず、工業団地の真ん中って立地のために、バスの便はない。駅まで約三十分歩くために、短いレインブーツを履いていた。
「そうだよ。他に帰る方法はありませんもん」
「じゃ、駅まで乗せてくってクロガネさんが言ってます。ちょっと待っててください」
とても有難い申し出なのだが、美優にとって鉄は客としての顔しか知らない存在なのである。
「え?大丈夫ですよ、そんな」
断ろうとすると、レジの宍倉が話に入った。
「送ってもらっちゃいなよ、こんな雨で歩くの大変だし。早坂さんなら大のお得意さんだから、信用してて大丈夫だよ」
取引先として信用のおける相手ならば、人間的にも信用できるってことだろうか?戸惑った顔のまま鉄に背中を押されて、美優はステーションワゴンの後部座席に収まった。




