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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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休みの日に作業着は着ません その2

 客に外で会った場合、どんな態度をとるべきだろうか?無難なところでは、愛想笑いで挨拶だけするってのが一般的だろう。ところがその相手が、挨拶だけで済ませたくない顔をしていたら?

 白いワッチキャップは目深だ。シンプルな黒のTシャツも普通だと思う。問題は下半身を覆うデニムパンツとキーチェーンだ。長身なので、下半身に視線を持ってきても問題はない。問題はないが、太腿に龍の巻いた刺繍のデニムパンツなんて、どこに売っているというのだ。それが鉄の言うところの鳶はスタイルってのなら、美優とはまったく相容れない。

「……コンニチハ」

「昼メシ買いに来たの?俺もだけどさ」

 カゴの中には弁当二つと清涼飲料水のペットボトルが入っているのに、鉄は更におにぎりに手を伸ばしている。

「雨だからお休み?」

「伊佐治は満員だろ。雨降ると行き場所ねえから、工具でも見るかって話になる。二階にも人来てんじゃねえ?」

 来てることは来てる。長靴はあっという間に売れたし、合羽も残り少ない。出て当然なものが出ているだけで、梅雨なんだから在庫ぐらい置いておけとは言われた。在庫を置くと仕入れ経費が、なんて話は客にはできない。


「みー、それしか食わねえの?」

 鉄が美優のカゴの中を覗く。

「み、みー?」

 その馴れ馴れしい呼びかけは、一体なんだ。

「みー坊のみー。猫みたいでいいじゃん」

 猫みたいで可愛いとか、そういう問題じゃない。ベテランの、レジの宍倉と店長こそ客に姓で呼ばれているが、ニックネームで呼ばれている社員なんていない。客よりも親しい間柄みたいじゃないか。

 こいつとプライベートで親しくなったことなどあったろうか?いや、ない。思わず反語で考え鉄の顔を見上げると、呑気な笑みを浮かべていた。

「どうせタメくらいだろ?敬語で話されっと背中が痒くなんだ、俺」

「てっちゃんって、社会人何年目?」

 自分が童顔であることは、美優も自覚している。高校を卒業してからも時々会う同学年の男の子たちは今、学生と社会人の狭間あたりだ。(つまり就活中だったり、就職したばかりで学生気分だったり)こんな風に、自分の職業を全身で主張するようなタイプは知らない。鉄の外見はどう見ても勤め人じゃないし、学生にも見えないし、フリーターって感じでもない。その職業に入ったことは最近ではないようにも見えるけれど、職人って言葉は熟練したオジサンにしか当て嵌まらないような気がする。


 社会人ねえ、と鉄は一瞬笑った。

「高校卒業してから、外で修業したのが三年、親父の下では一年ちょい。つっても高校のころから休みには下回りのバイトに入ってたから、他のヤツよりはちっと長いかも」

 下回りって何だろうか。とりあえず高校を卒業してから四年働いてるってことは、美優より一歳上らしい。年上なのかと不思議に思う一方で、自分よりもはるかに世慣れているようにも見える。言葉遣いの怪しさは幼げだけれど、自分の立ち位置を知っている人間に見える、気がする。

「みーは酒飲めるようになったばっかり、だろ?」

「プラス一年だよっ」

 こんな風に客とプライベートな会話は、どこまで許容範囲なんだろう。


 おにぎりとサラダを入れた袋を持つ美優の隣を、鉄が歩く。共通の話題はないので、なんとなく気詰まりな気がする。

「辰喜知の夏物入れた?」

「何入れていいかわかんないし、予算少ないし」

 入荷の話になるとぶすったれてしまうのは、美優にとってもどうしようもない。

「熱田さんに協力してもらったのに、動かないんだもん」

 お客に愚痴を言っても仕方ないのだが、職場以外の場所で会うと心情的に許される気がしてしまう。店の前で別れるとき、鉄はひらりと手を振って言った。

「あとで行くわ。ひまつぶし」

 

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