季節商品お取扱い致します その5
二階に上がっていくと、熱田と話していた年配の男が振り向いた。
「新人さんですか?」
ユニフォームを見て話しかけられ、慌てて頭を下げて自己紹介をする。
「二号店作業服担当の相沢です」
「前山被服の前山です。二号店にも作業服担当が入られたんなら、ご挨拶できて良かった」
うっすらと関西のイントネーションだ。
「社長、二号店には顔出してないんですか?」
ここで熱田が呼びかけているのは、前山に対してだ。
「申し訳ない。関東出張も期間決まってるから、全店はなかなか回れなくてねえ」
多分顔を見せても、担当者不在で相手にされていなかったのだろう。それを忙しさにすり替えるのは、商売人の手腕である。
「前山被服って言われても、ピンとこないでしょ。ブランドは『朱雀』だよ」
そう言われれば、ブランド名は自分の売り場で見たような気がする。
「社長が来るっていうから、二号店の担当も呼んだんです。とりあえず、まず新商品見せてくださいな」
大きなトランク二杯分の商品が、次々広げて説明されていく。熱田は熱心にそれを聞きながら、時々質問や感想を挟んでいく。
その色はナイんじゃないですか?あ、それはラインでもらいます。試しに何色か置こうかな。いやいや、それはウチでは売れないから……ってな感じである。
一通りの説明を聞いた後、熱田は前山の広げたカタログを指差しながら、価格の計算もせずに大雑把に発注していく。美優は原価を計算しながらあとどれくらいの予算、とか考えてるっていうのに。
「これで大体、二十万くらいかしら」
熱田の問いに前山社長が頭の中でしばらく計算して、同意する。二十万と軽く言うが、美優の月予算の半分だ。
「さて、美優ちゃん」
熱田はいきなり美優相手のスタンスになった。
「今見てた中で、いいなあと思ったものはある?」
「へっ?」
余所の店の発注だからと、他人事のように聞いていた。あんなにたくさん発注できていいなあと思っていただけで、商品の内容なんて気にしていなかった。何か答えなくちゃと焦って、面白い色合わせだと思った生地を手に取った。
「これ、お祭りのときに着るものですよね?」
和柄の華やかなシャツは、神輿を担ぐ人が着ていたのを見たことがある。
「鯉口シャツ?彩りにはいいけど、メインの商品は別よね。まだ区別つかないんなら、こっちで決めちゃうね」
「何を、ですか?」
熱田は微笑んで、前山から一枚発注書を受け取った。
「社長、これ別梱包で送って。小細工するから」
数種類のズボンと思しき商品と、シャツ。
「インナーはそっちの経費でどうにかしてね。私にできるのは、ここまで」
熱田はちょっと笑った。
「本店の売り出しが今月末でしょ。今発注したものは、それに充てるもの」
二号店の仕入れを一号店でしてくれたのかと思ったら、違ったらしい。
「売り出しの三日前まで、それを貸すわ。売れた分を客注として仕入れて、同じ数で返して。客注の仕入れは無制限の筈よね?」
意味が掴めずに生返事をすると、熱田は紙を出して説明し始めた。
要するに借りたものを展示して売り、売れてなくなった分を補填して返せと言っているのだ。店舗間の移動の伝票は月末に本部で纏めるので、プラマイをなくしてしまえば無かったも同じだと言う。店のシステムを理解している熱田だから考え付くことだ。
「カタログ見たって、現物がなくちゃ買わないよね。その商品が動くんだって実績見せるのも、けっこう重要。鳶服夏用は適当、ワーク系パンツは二十本セットだから、両方とも可動ハンガーで目立つ場所に置いてPOPつけてごらん。それで動いたものをメインに、来月仕入れるの」
その来月の仕入れの経費は、どこから出るというのだろうか。
「それ全部売っても、十万程度の売上にしかならないのよ。でも新しい商品を入れれば、次に何が入るか確認しに来るお客さんが必ずいる。商品が動いてる実績があれば、多少予算からはみ出ても大目に見てもらえるから、狙いはそこ」
送ってもらう車の中で、美優は気分が奮い立っていた。商品を増やせば、飛ぶように売れるような気さえした。
まあ、現実はそんなに甘くない。




