季節商品お取り扱い致します その3
「麦わら帽子はあるかい?」
「畳のサンダル入れてくんないかなあ」
「雨合羽の下だけ欲しいんだけど」
言われるたびに、ヘンな声が出そうである。それは私の守備範囲なんですか。ってか作業着屋って、そんなものまで扱ってるんですか。
店長に質問に行くたび、短くメーカーか卸し問屋の名前を教えられる。美優の手持ちのカタログは付箋紙だらけになり、自分が何のための印をつけたのかも忘れてしまいそうだ。客が少ないのが救いで、これで一号店並みの品揃えをしたら、品出しの時間が足りない。まだどこのメーカーがどのブランドを作り、どこの卸し店が何を得意なのか覚えられない。それさえ頭に入ってしまえば、探すのに時間はかからないはずである。
伊佐治の開店時間は長いが、美優自体は朝九時から夕方六時までの約束だ。店の開いている時間に売り場を後にするのだが、客が本格的に入るのはその時間から閉店までである。だから朝出社して一番にすることは、売り場の中を整えて歩くことだ。売場に店員がいないイコール商品を散らかしても片付ける手がないってことだから、売れもしない作業服が床に投げてあることもあるし、地下足袋の箱が靴下の上に乗っていたりもする。手袋に至ってはサンプルがあるにも拘らず新品を袋から出して、何種類も出したまま床に落としてあるという無法ぶりだ。
プレハブの壁に雨音を感じる。梅雨に入るのかも知れない。店内は蒸し暑い。空調を入れても、開け放したドアからすべて逃げてしまうのだ。買い物客が台車を使うので、自動ドアは却って邪魔だ。階下が少し賑わってきたが、二階には人が来ない。だから普段のペースのままカウンターの中に腰掛け、美優はカタログから注文を受けた商品を拾っていた。
と、複数人の足音がする。慌てて立ち上がってカウンターから出ると、上がってきたのは若い男たちだ。
「おお、人がいる」
「靴、増えてんじゃん」
ダブダブズボンとTシャツ、鉄と似たような服装である。瞬間鉄のほうがカッコいいなと思ったのは、顔やプロポーションの問題だけだろうか。いらっしゃいませと挨拶した美優を綺麗に無視して、安全靴の売り場の前に立つ。
「辰喜知って靴まで出してんだな。俺、買っちゃおっかな」
「高価えよ、どうせ三ヶ月でダメになっちゃうんならイチキュッパで充分だろ」
勝手に話して棚から持ち上げている中に、口を挟めない。安価な靴を手にとって、あーだこーだと話している後ろで待機していると、横に鉄が立っていた。
「あれ、いらっしゃいませ」
「靴濡れちゃってよ、間に合わせに買ってくわ」
そう言って靴の棚に進もうとして、動きが止まった。
「ちょっとそれ、反則じゃねえの?濡れた靴下で靴試着して、合わなかったらどうすんだよ」
鉄の声が出たのは、先にいた男たちが正に靴を合わせようとしていたところだった。確かに濡れた足跡が、フロアについている。美優には、それが靴の中まで濡れていることと直結しなかった。
声を掛けられた男は鉄の頭から爪先まで眺め落とし、それから素直に靴に足を入れるのを止める。そして棚に靴を戻して、階段に向かった。
―店員が何も言わないんだから、いいじゃねえか。
―いいよ、うるせえから他で買おうぜ。
こそこそとした声が聞こえ、階段を降りていく足音が聞こえた。呆気にとられて、ありがとうございましたと呟く。
「客に舐められてんじゃねえよ、ばぁぁか」
「え、バカって私?足濡れてるなんて、知らなかったんだもん」
「店員が知らなくたって、普通そんなことしないだろ。その程度の売り場だと思われてんだよ」
そう言いながら、鉄は自分のサイズの靴を探している。
「種類増やせよ。他のヤツと被るの、すっげーやだ」
「カッコつけたって、安全靴じゃない」
美優の答えに、鉄はいささかムッとした顔をした。
「あんたのオヤジ、毎日同じ靴履いて仕事に行くのか?」
そんなはずはない、スーツの色に合わせて靴も変えているはずだ。
「俺らも同じ、トータルコーディネイトってやつしてんだ。他のヤツと同じもん着て顔合わせたくねえの」
美優は改めて鉄の全身を目で捉えた。紺色の立ち襟シャツにシルバーのダブダブズボン、ベルトと靴に黄色を持ってきて、アクセントをつけている。先刻の二人組を見たとき、鉄のほうがカッコいいと確かに思った。
「俺ら、現場の華だからよ。鳶はスタイル」




