季節商品お取り扱い致します その2
腕抜きを入荷して並べた正にその日、タオルの帽子はないのかと聞きに来た客がいる。
「パイル地の帽子ですか?」
「じゃなくってよお、ヘルメットの中に被るヤツ。まだ入れてないの?いつ入る?」
いつ入るも何も、ヘルメットって頭に直に被るものかと思っていた。
「頭から汗垂れてきちまうんだよ。タオル結んでっと、緩んじゃって。ああ、辰喜知のカタログある?」
靴と靴下と手袋にかまけていて、まだ作業服のほうに手をつけるのは早いと思っていた。どうせ春夏秋冬同じデザインなのだと思っていたから、まず靴をどうにかしてからじっくり考えようと、カタログの前半分を捲っただけだ。
「これよ、これ。辰喜知じゃなくてもいいや。若いヤツの分も買うからまとめて入れてよ。入ったら電話して」
パイル地でできた水泳帽みたいなものに、ヘルメットインナーと記載されている。美優が捲ったときには目にも留まらなかったページは、小物だらけだ。客の電話番号をメモして、頭を下げる。千円足らずの安価なものなので、発注するにしても気楽だ。
客が階段を降りた後に、品番を確認しようと再度ページを開けた美優は、何気なく次のページを見て息を止めた。そこでやっと勘違いに気がついたのだ。
アームカバー、即乾タイプ。てっちゃんが言ってたのは、これのことじゃない?ご家庭園芸用の腕抜きなんて入荷しちゃったよ、どうしよ。入れといたよなんて言って、笑われるとこだったじゃない!
まだ鉄が訪れていないことに安堵しながら、美優は発注書を切った。安価なものばかりでは、松浦の言っていた最低発注金額に届かない。いつの間にか減っている安全靴のサイズを揃えることにして、ほっと一息吐いた。
ついでに他のメーカーのカタログを後ろから捲ってみる。作業服メーカーは作業服と安全靴だけを売っているわけじゃないと、知った。タオルの帽子やアームカバーの他に、カラビナで腰にぶら下げる小物入れ、ベルト、布のバッグ、果ては下着やスポーツタオルまである。つまり、同じブランドで全身統一できちゃうのだ。
もしかして、これって全部私が扱うものなのかしらん。セレクトショップ真っ青の取り扱い品目じゃない?このカタログって春夏号だよね?深く考えなかったけど、秋冬号ってどんなの?
おそるおそる秋冬号のカタログを、後ろから開いてみる。少々の予想で心構えはしていたが、冬は当然身につける衣料が多いのである。ニット帽とネックウォーマーと顔を覆うマスクが目に入って、ううと唸り声を上げる。
甘く見すぎてた!叔父さんの言うことなんて信用しなければ良かった!
店に入って一ヶ月以上経ってしまっている今、もう逃げ出すことは難しい。少なくとも自分の名前で発注したものが、売れもせずに売り場にあるのである。一ヶ月で赤字を大きくして辞めたなんて、お正月に集まる親戚に言われたくない。話の上手な叔父のことだから、面白おかしくネタにされそうな気がする。
「おーい、みー坊って子、いる?テツに頼まれたんだけど」
階段を上がりながらの声に、我に返った。叔父のほかに自分をみー坊と呼ぶもう一人の人間じゃなくて、それに頼まれたと言っている人間は誰だ。相沢美優と書いてある名札を首から掛けなおし、美優は返事をした。
「相沢です。何かご用事でしょうか」
階段を上りきったその男の正体は、一目で理解できた。シャツの左肩に『早坂』と刺繍が入っていることもそうだが、外見はそんなに似ていないのにイメージが似ているのである。鉄よりも一回り太い首や腕は、年齢だけじゃなくてキャリアの差だろう。
「確かに若いお姉ちゃんだな。腕カバー入ってる?あと、黄色い安全靴だと」
まさか正直に、間違えたものを入れましたなんて言えない。
「安全靴は入ってます。腕カバーは明後日に」
にこやかに答えても、嘘がバレやしないかと気が気じゃない。
鉄の父親は美優が仕入れたアメカジ風の安全靴に目を留めた。
「お、これいいな。今の季節だと白かな。26.5センチ出してよ」
「あ、はい。足を入れてみます?」
鉄が夏には履かないと言ったハイカットを、鉄の父親は履くらしい。
「やっぱり若い子はセンスがいいねえ。下のおっさんたち、カタログ見て取り寄せしても、在庫入れてないし。欲しいから取り寄せるんだから、次からは置いとけっつーの」
美優の父親と年齢は変わらなさそうなのに、言葉遣いが軽い。ハイカットの安全靴で足を曲げ伸ばしした鉄の父親は、満足そうに靴の箱を抱えた。
「テツの安全靴ももらってくわ。みー坊ちゃん、またね」
軽やかに階段を降りていく後姿に、ありがとうございましたと声をかけた。
売れたよ、売れた。私が気に入った靴を気に入った人がいる。




