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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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二階のワンダーランド

 自宅から自転車に乗り約十五分の距離、五月の風を切って、美優は鼻歌交じりだ。今度の職場には、女はいない。美優にそれは、好都合だった。女ばかりの職場の鬱陶しさに辟易し、会社が傾いて給与遅延になり、却ってほっとしたくらいだ。

「おはようございまーす!」

 店に入ってタイムカードを打刻すると、客がこちらを向く。まだ美優を従業員だと認識する客は、当然いない。今のは誰だという視線に美優は気がつかないから、知らぬ顔で二階に荷物を置きに行くのである。客商売を知らぬということは、自分を売る術を知らぬということだ。店長の松浦は、そこから指導しなくてはならない。


 美優にまったく知識はなく、松浦は店舗の運営と顧客の管理もあるので、付ききりで教えるような余裕はない。作業着売り場も、開店からずっと担当がいなかったわけじゃない。何人か入れたことは入れたのだが、あっけなく辞めてしまうので引継ぎができず、毎度一からやり直しだ。これについては松浦の指導力と店側の雇用にも問題があるので、実は責められる筋合いのものではないことは、松浦以外の店員は知っている。ともあれ美優のために、一週間ばかり一号店から半日ずつ担当を借りることになった。

「美優ちゃん、午後から研修するから、午前中は売り場に何があるのか詳しく見ておいてください。わからないことがあれば、質問してね」

 そう言われただけで、美優はひとりきりの売り場に放置された。


 見ておけと言われたって、見るだけなら昨日見たと美優は思う。知らないメーカーのスニーカーがたくさんと、手袋がたくさん。ハンガーに掛かっている衣類は雑多だ。他にはサンダルと袋入りの靴下、地下足袋、ベルト。美優の目についたのは、その程度である。そして、なんていうか棚は全体的にスカスカしているし、商品の色味が薄汚い。掃除が入っているという話は嘘ではないらしく、埃が溜まっていたりはしないのだが、売り場そのものが生きていない気がする。見回しても原因は見当たらないのだが、例えばホームセンターの作業服売り場、あっちの方が小綺麗な気がする。

 まず靴の売り場を見る。知らないメーカーばかりだが、比較的安価なものばかりだ。美優の感覚ならば、靴だけは安物を多く持つよりも高価でも履きやすい靴だ。ここは安売店に近いのかなと思いながら、手袋を見て驚く。似たような(ってか、手袋だけなんだから当たり前だ)デザインの同じような色合いなのに、金額がどれも違う。美優が知っている形の軍手だけで、五種類ある。滑り止めのついている軍手は見たことがあるが、その滑り止めの形が違うのだ。

 ――何か、考えていたことと全然違うかも知れない。


 叔父の話は、結構簡単だった。客が注文したものを発注し、ズボンの裾上げがあればミシンを使う。あとは美優が売れそうだと思うものを揃えれば良いと。作業服なんてどれも同じようなものだから、色さえ気に入れば良いのだろうと単純に思った。売り場の半分を占める服のハンガーを見ながら、美優は少々呆然とする。

 作業服って、電気の工事してる人たちが着てるアレだけじゃないんですか。ニッカポッカって言ったっけ、あのズボン。やたらポケットのついたチョッキ(ベストなんて言いたくない)って、釣りに行くオジサンたちが着てるよね?その品の悪いズボンとシャツ、それも売るのでしょうか。それから、どう見てもド趣味なそのサンダルは、どこのどなたが買われるのでしょう。

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