手袋靴下安全靴!来勘って何ですか その4
しばらく考え込んでいる美優を見て、営業の田辺は脈を感じたのだろう。ダメ押しをする気になったらしい。
「いかがですか?今月先売りして少し利益を稼いでおいて、来月の末にまた伝票を後倒しすれば、まるまる一ヶ月分の仕入れを四十日間で売ることになりません?」
巧い理屈付けではあるが、それで商品が動く保証はない。けれど、美優はその安全靴を気に入ってしまっているのだ。
「もし良ければ、こちらでPOPも用意します。この靴ですから、展示台に背景を入れて思いっきりカジュアルにしても面白いですよね」
その提案に、頭の中でイメージが出来上がってしまう。すぐにそれをディスプレイして、客に見せたくなる。
「入れます。来月の伝票にしてください」
なんだか大それたことをする気分になって、声が低くなった。
田辺がその場で受注票を切り、控えが美優の手元に残った。受注日付は当日だが、備考欄に『来勘』と書いてある。伝票の左上に当月・来月とプリントしてあって、来月の部分を丸く囲むのを、美優は見ていた。
なんだ。はじめから書式でああなってるくらい、普通のことなのか。そう思えば気は楽だ。ライカンが来月勘定の略だと、その時にやっと気がついた。
「当社は二十日過ぎなら来勘にできますからね。月末に入荷させたくなっても、その旨連絡していただければ商品だけ先に届けます」
「ええっと。他の業者さんもそれってできるんでしょうか?」
美優にしてみれば何も知らないのだから、聞いてみるに越したことはない。もしもそれが可能なのであれば、月末の予算を考えながら発注を組み立てなくて済む。
「うーん。できないメーカーさんもありますよ。システム倉庫とかと契約してたりすると、月末在庫と実数が合わないのはまずいでしょうしね。当社も棚卸し月と決算月にはできませんもん」
ふうんと頷きながら、ライカンという言葉を頭に入れる。翌月の勘定に回して当月中に売ってしまえば、とりあえず月度の売り上げが増した分だけ翌月は大きく予算の請求ができる、はずである。
「いつ届きます?」
「商品は明後日に。POPは今日帰社してから早速作りますね」
田辺が去った後、ワクワクしながら新入荷の靴を入れる棚を入れ替えた。スカスカな棚だから、場所を空けるのは簡単だ。絶対売るんだもん、そう思うと、二階に上がってくる客への声掛けも力が入る。階段から聞こえる足音に、元気良く挨拶をする。
「いらっしゃいませーっ!」
「よ、皮手買いに来た」
見慣れたオレンジの髪にだって、機嫌良くしていられる。
「皮手、いっぱい買うんだね」
一双ずつじゃなくて、一ダース入りの包みだ。
「鉄骨担ぐのに素手じゃねえし」
鉄骨って担ぐものだったのか、なんて不思議に思いながら、美優は新しく入れる予定の安全靴のチラシを見せた。
「ねえねえ、これどう?明後日入るんだけど」
ださいなんて、絶対言わせないと自信満々である。けれど美優は、現場のことなんて知らない。チラシを見た鉄が、口の端で笑うのが見えた。
「可愛いけどさ、これから夏だぜ?」
安全靴の機能があり、センスが良ければ問題ないじゃないかと思っていた美優の考えは、そこでひっくり返された。
「夏は蒸れるから、メッシュのショートしか履かねえ。ま、溶接とかする人なら買うかもね」
季節?作業用品にも季節があるの?
「ハイカット好きなヤツもいるから、一言では言えないけどな。健闘は祈っといてやるわ」
えっと、すでに来月の経費使っちゃったんですけど!
「それよりさ、ショートの靴下と腕カバー入れといてよ。かっこいいやつね」
「かっこいいやつって、どういうのよ」
「みー坊の腕のミ・セ・ド・コ・ロ。ださいの入れるなよ?」
来勘以前に、来月の仕入れ経費は足りるのか?