手袋靴下安全靴!来勘って何ですか その2
カタログを見ながら入荷するモデルを決める。自分ではわからないので、二階に来た客の片っ端から声をかけた。若い客は大抵面倒そうにおざなりに返事をするが、見た目が怖そうな中年の男たちは親切だった。
「そうだなあ。俺は手袋使わないからわかんないけど、こういう薄手のヤツの方が手の感覚狂わなくていいな」
「ハイソックスの種類増やしてよ」
そんな言葉を頼りに、発注書を切る。毎日の発注と品出し。手袋の棚は八割方埋まり、安全靴の種類も倍以上になった。そして嬉しいことに、美優に相談を持ちかけられたり商品の希望を述べたりした客は、自分の意見が通ったかどうか確認するために、売り場に顔を出すのだ。顔を出すと何か買わなくては悪いと思うのか、靴下ひと包み、タオル一本という具合に買ってゆく。面白い効果が出た。
お姉ちゃん、コンチワーなんて売り場に来てもらうと、二階の退屈な売り場が急に華やいだ気分になる。それがゴム長靴の中年であっても。
そんな風に美優が本格的に売り場の商品を揃えはじめようとした頃、松浦が一枚の紙を持って美優を事務所に呼び出した。
「予算、大幅オーバーです。発注控えて」
「はぁ?」
予算があるなんて、聞いてない。売れそうなものを仕入れろと言ったのは店長だし、売り場はまだスカスカじゃないか。
「予算って、聞いてないんですけど。売り場にだって、売るものが少ないし」
「ああ、説明してなかった?月毎の基本予算はあるけど、前年度比と前月の売り上げによって決まるの。作業服売り場はここ一年、月の売り上げ平均が五十万程度だからねえ。一気に二百万近く仕入れたって、商売としては大幅に赤字でしょ?」
「私、そんなに仕入れました?」
「発注金額の管理集計してないの?」
初耳である。松浦が目の前に広げた紙には、日付毎の納品金額が記されていた。
「作業服売り場がスカスカなのは知ってるけど、突然売れるようになるものじゃないでしょ。様子見ながら仕入れしてください。とにかく、今月の仕入れはストップ」
言い切って、松浦は美優に納品金額集計の紙を渡す。
「POSで本部のデータから取れるから、操作の説明だけしとく。後は自分で管理して」
ぽんと丸投げされた売り場、聞いてもいなかった仕入れ予算、そして理解できない取り扱い商品。すでに半泣きだ。
「作業服売り場の仕入れ予算って、どれくらいですか?」
「先月の総売り上げが、ニアリイコールで五十万。だから仕入れ金額が四十万程度の筈なんだよ。利益の五十パーセントまで翌月の仕入れに上乗せしても良いってことだから、今月は四十五万くらい」
ちょっと待て。それでは美優が今考えている安全靴と手袋の金額にも満たない。それを全部入れたって、売り場は埋まらないのだ。
「今月の予算使いすぎちゃってるから、来月からの年間計画の修正も必要でしょ。もっと減らされる可能性も高いよね」
今ですら足りない商品の発注を、もっと減らせというのか。一号店の熱田の売り場、少なくともあれくらいには商品を揃えておきたいと思っているのに。
「でも、売るものがないんです!」
松浦は面倒そうに言った。
「売り上げが上がれば、予算も増えるよ。あるもの売ってて。あと、客注は予算関係なく入れていいから」
あるものを売る。売るものがない場合は、どうすれば良いのだ。おとなしく棚の整理とハンガーの整理をして、決まりきった手袋だけ売っておけとでも言うのだろうか。それでは、美優が売り場にいる必要なんてまったくない。それとも、辞めろとでも言っているのか。
松浦が事務所を出て行った後、美優はしばらくそこに座っていた。叔父に相談しようかと思ったが、それでは職場で反感を買いそうな気がする。未経験者にはやっぱり無理なのかと思う。一階の修理担当の水田が弁当をかかえて事務所のドアを開けた。
「あれ、暗いなあ。どうしたの?」
「仕入れすぎだって叱られました」
水田は独身の五十男で、今までいろいろな職場を転々としていたらしい。
「入れなきゃいいじゃん。商品がないって客に言われたら、店長が入れるなって言ったって答えれば?」
そんなわけに行くか。美優が睨むと、水田はにへっと笑った。
「社長に直訴すれば?」
「それは、ちょっと……」
「強行突破しちゃうとか」
強行突破して売れなくて爆死なんてしたら、親にまで叱られそうな気がする。会社が潰れた後、早く就職先を探せと散々言われたのだ。叔父の店だとはいえ、毎日出勤している先があるということで、両親は機嫌が良い。
商品もないのに売り上げを上げるって、どうする?