自分のセンスに自信がなくなるんです その4
「社長仕入れだよ。上手く並べてね」
持ち込まれた箱を開けると、中から出てきたTシャツの両肩のアテ(刺し子になっているらしい)部分が波紋の模様になっており、そこに鯉が跳ねていた。腕に小さくisajiとプリントされている。
「まさかと思いますが、これオリジナルですか?」
「そう、毎年作るんだよね。業者さんからの提案で始めたらしいんだけど、評判が良くて」
持ち込んだ本部の人間は、にこやかにそう言った。美優の顔は微妙に引き攣る。色は三色で白黒紺だが、跳ねている鯉は赤い。そのTシャツが百枚近くあるのだ。鯉が百匹元気良く。
「……誰が買うんですか、これ」
「やだな、お客さんに決まってるじゃない。この鯉の赤が効いてるってデザイナーさんもイチオシなんだよ」
それ以上のコメントはこの際、差し控えておく。サンダルで半分くらい理解したような気はする。けれどサンダルみたいに足元だけじゃなくて、今度は肩だ。大体、肩にアテがついている意味はあるのか。
ぜんぜんわかんないんですけど。
セヌイのカワテが、手の甲に縫い目のある皮手袋だと知った日、美優は初めてPOPを作った。パソコンで値札を作るのは簡単だし、そこに新入荷の文字も入れた。ラミネーターを使うことも覚えたし、エクセルで画像取り込みをすればイラストもつけられる。
入荷した皮手袋は、まだひとつも売れずにフックに掛かっている。ヤマヤテブクロに上手いこと騙された気がする。売れないものを押付けられたかも知れないと思っていたら、宍倉がひとつ袋から出してサンプルとマジックで書いて糸で吊るした。宍倉はレジ係だが人当たりが良く知識も豊富で、伊佐治二号店の名物社員だ。
「手袋って手を入れてみないと、皮の感じとかわからないからね」
「商品、そんな風に伝票も切らないで出しちゃって良いんですか?」
「そこまで在庫管理してないから。管理いい加減なんだ、ここ。おっと、社長には言わないでおいてね」
なんとなく管理が杜撰なのは気がついていた。美優が二階に入るまでガラ空きだった売り場は、その気になればいくらでも万引きできたろう。防犯カメラは一方向しか向いていない。
サンプルを吊ると驚くべきことに、何人もが手を入れて確認している。全部同じようななめしていない緑色の皮手袋で、手の甲に縫い目があるか手首を止めるベルトがあるかくらいの違いだと思っていたのは、間違いだったらしい。ウロコが何枚も目の上にあって、すべて零れ落ちるのに時間がかかりそうだ。
サンプルの出ていない手袋全部にサンプルを作ると、なんとなく売り場らしくなった気がする。けれどまだ、フックは半分以上空いているのだ。
「Tシャツ、どこですか」
声をかけてきたのは、まだ十代の少年だろう。美優よりもいくつか下に見える。
「Tシャツ?これ?」
伊佐治オリジナルTシャツを出して見せると、少年は難しい顔をした。
「そんなイカツいの、着ませんよ。辰喜知のとか、朱雀でもいいや。吸汗即乾のやつ、入れてない?」
「え、作業着でTシャツがあるの?」
もう、客に質問することは怖くない。自分は知らないのだから、知っている人に教えてもらうのだ。
「お姉さん、売ってる人なんでしょ。勉強しろよ」
少年は笑いながら、カタログを指差した。
「取り寄せられる?暑くなってきたから、すぐに欲しいんだけど」
「はい、もちろん」
カタログを見ながら、少年と話す。
「こんな風に、辰喜知のロゴが入ってるのも売れるのかなあ」
「俺は着ませんけどね、好きな人は多いんじゃないっすか?入れれば売れるよ」
そんな会話を交わしているうちに、伊佐治オリジナルTシャツを三色籠に入れた人が階段を降りていった。買う人は、やっぱりいたのだ。しかも三枚いっぺんに。
私のセンス、どこか間違ってる?