自分のセンスに自信がなくなるんです その3
いささか不愉快だがサンダルを仕入れると伝えると、ヤマヤテブクロは受注票を記入した。
「来月はこのシリーズで帽子も出ますから、お持ちします。メッシュの靴下を、そろそろ用意した方が良いかと。梅雨前に長靴も必要ですねえ。鳶合羽も切れてましたね」
「とび、がっぱ?」
「鳶装束でも着られるんですよ」
「とびしょうぞく?」
お正月の消防の出初式を思い出す。あれって、鳶職の人がやるんじゃなかったっけ?袢纏と股引のことかしらんと考えてから、何か間違っていると思い直す。あんなスタイルで仕事をしている人なんて、見たことはない。ヤマヤテブクロは相手が多少理解していると思っているのか、チラシを広げて次の話に展開させている。美優は曖昧に頷くことしかできない。
「……で、こちらだけは本日採用していただこうと。背縫いの皮手なんですけどね、親指の付け根に人工皮革のアテをつけて……」
セヌイのカワテとは、何ぞ?意味も理解できず、呑まれたまま返事をする。
「それ、入れてください」
「ありがとうございまーす!ではM・L・LL各十双で」
また受注票が切られた。需要があるのかどうかすら、わからない。
「伊佐治さんは潜在的な顧客が大きいから、もっと強気な仕入れしてもいいと思うんですよ。夏カタログは送ってますよね。靴下と長靴、ご検討くださいね」
はあ、と中途半端な返事をして、営業が去っていくのを見送った。呆気にとられているうちに、手袋のフックが三つ埋まる算段ができたわけである。
シャツと一緒に気分も整頓しようとハンガーの並び替えを再開したころ、やっと店長が現れた。
「ヤマヤさん、サンダルだけだった?」
こんなことを気にするくらいなら最初から同席してくれれば、意味のわからない説明を聞くこともなかったはずだ。
「えっと、セヌイのカワテ入れました。あと、長靴と靴下と合羽って言われたんですけど」
「ああ、長靴ね。この前も客注で取り寄せたけど、前は置いてたっけ?」
「きゃくちゅう?」
「お客さんからの注文。在庫以外を取り寄せるときに、そうやって区別つけないと全部売り場に出しちゃうでしょ」
叔父さんが注文受けて発注って言ったのは、その客注とやらのことか。全部そうなら、売り場なんていらないよね。手袋や靴下もそうだけど、靴とか服とかって、取り寄せて買うもの?その場になければ、他の店に探しに行くんじゃない?だって自分なら、そうするもん。
そんなことが、ほんのちらっと頭をかすめた。
その翌日、件のサンダルは入荷した。どこに置こうかと迷った挙句、結局今まであったサンダルと並べる。どこに置いたって趣味の悪いものは趣味が悪いのだから、売れなくたって仕方ないと思う。否、思っていたのだ。
たまたま靴下を買いに来た客が、それに目を留めて口を開いた。
「今年は入れたんだ。去年入らなかったから、わざわざ本店まで行って買ったんだよ。いいな、今年のやつ」
「あ、ありがとうございます」
その客は二足籠に入れ、上機嫌で階段を降りた。ごついオジサンだったから、きっと趣味が古いのだろうと自分に言い聞かせ、美優は自分を納得させる。しかし、次の客も買わないながらもサンダルを手に取った。そうなると、そのサンダル自体に興味があると認めざるを得ない。黙って軍手やら靴下やらを掴むだけの客が、足を止めているのだ。
とんでもないド趣味で売れないはずのサンダルは、翌日美優が出勤すると、四足減っていたのだった。