自分のセンスに自信がなくなるんです その2
上着だけ並べ替えたところで内線が鳴り、美優に外線が入っていることを告げた。自分に電話なんて掛かるはずはないのにな、なんて不思議な気分で電話を繋いでもらうと、やけに調子の良い声が飛び込んできた。
『どーもーっ!ヤマヤテブクロと申しまーす。本日の三時ごろ、いらっしゃいますかー?』
「えっと、はい」
『では、後程伺いますのでどうぞよろしくー』
そう言うなり電話は切れた。
えっと、何故。どういうご用件で。そう問いたかったのだが、あっという間に切れてしまった電話には、もう訊くことができない。自分に用じゃなくて、他の人に用事なんじゃないだろうか。電話を回してきた水野さんが、間違ったのかも。
それなら正しい相手に伝えなくてはと思い、慌てて階段を下りた。
「すみません!ヤマヤテブクロって会社に用事がある方って、どなたでしょう?」
松浦に訊ねると、呆れたような表情が戻った。
「手袋は、美優ちゃんでしょう」
「え?だって、いきなり行きますって……」
「営業でしょ?新製品の紹介かなんかしたいんじゃないの?聞けばいいじゃない」
「聞くって、何を」
「だから新商品とか、夏向けに揃えるものとか」
答えが終わる前にカウンターの横に客が立ち、美優はそれ以上話しかけることができない。このフォローの足りなさが新入社員の逃げ出す第一関門なのだが、幸いなことなのかどうか、美優はそれに気付くほど社会経験が多くない。目一杯不安ながらも、担当者ならわからないなりに、メーカー営業の話を聞くものだと思い込んでしまう。
とりあえず何か売り込まれたら、店長呼んで来よう。だって、良いか悪いかわかんないんだもん。いざとなったら、新入社員に丸投げした店長が悪いんだって言ってやる。そう思いながら、階段を踏みしめる。唇は不安と不満で尖ったままである。
そうして十四時三十五分、美優はシャツの整理に勤しんでいたのである。コンニチワーなんて言いながら入ってきたのが、まさか営業だとは思わなかった。
「店長さんから新しい担当が入ったって聞いたから、ご挨拶に伺いましたー」
多分四十代くらい。(美優は三十代後半から五十代前半くらいまで、十把一絡げでオジサンである)美優の前職はスーパーマーケットのデータ管理会社だったので、年上の男たちは全員管理職だった。そこですでに気後れしてしまう。本来ならここで店長が間を取り持つべきであるが、そんなことを言っていたって仕方がない。
「ヤマヤテブクロの福田と申します」
名刺を差し出され、反射的に片手で受け取ってしまった。マナー違反であるが、相手は頓着しなかった。
「相沢です。よろしくお願いします」
「あれ、社長のお嬢さんですか」
「いえ、姪なんですけど……」
姓が同じなのだから、出入りの業者ならばすぐに気がつく。珍しい姓でなくとも、佐藤田中ほど多くはない。
「やっぱりお身内なんだ。そうですよね。じゃなければ、高校卒業してすぐになんて、男ばっかりの店になんか……」
「卒業してすぐじゃありません!成人してます!」
見た目で舐められて、たまるもんか。
ところで、と福田がキャスターバッグから取り出したのは、美優から見ればとんでもないデザインのサンダルだった。和柄と言えば聞こえは良いが、足の甲をすべて覆った形のサンダルは、黒ベースに龍やら虎やらが描いてある。龍虎でなければ鯉孔雀、桜の花びらが散っていたりもする。
「今年の新作なんですよ、これ。お待ちになってるお客様も多いと」
「……趣味、悪っ。これ、売れるんですか?」
元から置いてあったサンダル(ヘビ皮模様の内張りがしてあった)も大層なド趣味だが、これはいくらなんでも酷いと思う。
「いや、売れますって。一昨年なんて、このお店から生産急かされたくらいなんですから」
「嘘ですよね?」
「店長に確認していただいて、結構ですよ。よくご存知ですから」
サンダルを借りて、松浦の立つカウンターの前に置いた。
「えっと、これを入れろって言ってるんですけど、どう思います?」
売れっこないから断れと言って貰うことが前提の質問だ。ヤマヤテブクロは買わせたくて、調子の良いことを言っているのだと否定される予定、だった。
「ああ、それ。結構高価いのに、どういうわけだか売れるんだよね。十二足くらいのセットでしょ?毎年二・三回入れてたんじゃないかなあ。入れといて」
「えええっ!入れたくなかったのに!」
美優のがっかりした声に、松浦は真面目な顔で言った。
「売れる商品っていうのは、良い商品なんだよ」
それは売り上げだけの話だろうと反論したかったが、店長の判断にまだ反対はできない。