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蝶々ロング!  作者: 春野きいろ
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自分の仕事に胸を張れますか その3

 ノートを手に在庫チェックをしていると、階下から声がした。

「美優ちゃん。でっかい箱が三つ来てるけど、二階に上げていいの?」

 何か発注したろうかと一度考えて、発送元を確認する。

「あ、安全靴だ。生産次第発送ってお願いしてたんで、二階で大丈夫です」

 客注の大量発注であれば、店頭で検品して配達してもらうなり、引き取りまで保管場所に置いておくなりしなくてはならない。すべて売り場に持ってきてしまうと、大荷物は場所塞ぎになるだけだ。


 二階に運び上げてもらったダンボールをカッターで開き、新商品をチェックする。サンプルは一度見ていても、数ヶ月前の感触なんてすっかり忘れている。発注伝票があるから確かに自分が注文したのだとは思うが、そのときに受けたはずの説明だって頭の中には残ってない。

 問題のあるデザインではないから、とっとと売り場に出してしまうに限る。検品して本部にデータを送り、価格設定してもらっている時間に棚の場所を決める。手慣れた作業になった今、前は新商品を頼むだけでも大変だったなーなんて感慨がある。


 せっせと棚に場所を作り、動きの悪くなった商品を目立つ場所に移動する。新商品はどこに置いても目立つから、隅でも構わない。こんなことも、誰に教えてもらったわけじゃない。試行錯誤しながら自分で考えて覚えたのだ。

 ここまで来た、と思う。ときどきサボってしまうことも不貞腐れてしまうこともあるし、読みを間違えて過剰在庫を作ってしまい、どうやって誤魔化そうかと頭を悩ますこともある。


 けれど、手は抜いていない。気分の波はあっても、売り場を回すことに手は抜いていない。結果的に動きの悪い商品だって、自分の中ではちゃんと検討して採用したのだ。気の抜けた顔で売り場にハタキをかけている日も、パソコンでこっそりインターネットなんか閲覧しちゃってる日も、売り場を放り出すつもりなんてない。

 目に見える成果として、作業服売場の数字は上がってきている。それ以外に数値化できないものがある。これは売り場に自分しかいない美優しか知り得ないことだが、まだ美優にも自覚はない。

 新しい商品、入ってきた? 何かいいもの、ない? そう言って訪ねてくる顧客が、小売店の大きな財産だと教えてくれる人はいない。


 いつの間にか階段を上がってきた松浦が、手袋の前で首を傾げている。

「鈴木工務店さんのいつもの手袋だって。わかる?」

「あ、ヤマヤのウレタンコーティングのやつか、オカメの豚クレストです。豚クレは何日か前に買って行かれたから、ウレタンのだと思います」

「ふうん。とりあえず両方持っていく」

 そう言って一パックずつ手に持った松浦のうしろから、こっそりとウレタンの手袋だけ四パック持って降りて行く。おそらく階下のカウンターで、階段を上るのが面倒だからだと口頭で注文しているのだろう。予想がアタリであるなら、その顧客は通常は五パック籠に入れていることを覚えている。けれど複数と言われていない松浦に、普段の数量を渡すのも変な感じだと思った。


 カウンターに松浦が戻り、客がウレタンの手袋を手に取る。予想は当然のようにアタリで、美優は満足しながら客の横から声をかけた。

「そちらで良かったですか? いつも五パックですよね」

 客が美優のほうを向き、笑う。

「そうそう、ありがとう。よく覚えてくれてるね、お姉ちゃん」

「いつも買っていただいてますから! ありがとうございます!」

 元気よく挨拶して、いらなくなった手袋を回収して売り場に戻る。客の要望に先回りできた満足があり、甚だ気分が良い。


 ちゃんと仕事してる? 自分に質問する。してるよ、と返事する。ちゃんと伊佐治の売上の力になってるはず。うなぎ上りとは言わないけど、入った頃に比べれば売り上げはずいぶん上がっているし、何よりも動く商品の欠品がなくなってるじゃない。これは私の実績で、多少なりとも結果を残してるってことだ。


 気分を良くして棚の整理に勤しんでいると、若いカップルがご来店だ。

「へー、こんなお店があるんだー。何買うの?」

「作業ズボン。これ、良くない?」

 会話の邪魔はしたくないから、通路の端に立って会話を聞いていた。

「え、ダサい。そんなに太いズボン、今時穿く?」

 ごくごく普通のカーゴパンツだが、街着と比較すれば確かに太いし、股上も深い。

「細いと膝曲げんのが大変なんだよ」

 どうも彼の作業服姿を知らない、始まったばかりのカップルなのだろう。

「あ、辰喜知のブルゾンも買う。試着するから持ってて」

 彼が手に取ったブルゾンは、光沢のある生地のライダースジャケットだ。

「え? ダサいよ。なんでそんなに上着が短いの?」


「腰袋の邪魔にならないようにですよ。よくお似合いですが、サイズはもう一つ下げてもいいみたいですね」

 横からつい、口を出した。知らなかったときなら、自分でもそう思っていた。バランスの悪い服、流行からずれたデザインだと。

 違う。作業服にも流行があり、それは街着の流行とは違うのだ。ただ普段目にしているものと形が似ているから、つい同じように考えてしまいがちだ。

「ほら、お姉さんはわかってるじゃん。これはカッコイイの」

 ダサいと連続で言われた男の子は、横の彼女に不機嫌な顔を見せた。

「ダサいものはダサいじゃない。こんな買い物、つまんない。どれでもいいから早く選んでよ」

 そこでケンカするほどはバカじゃないらしく、試着をせずにサイズで選んだカーゴパンツを手に、カップルは階段を下りて行った。美優のほうをちらりと見返した男の子が、片手でひらりと詫びるような仕草をしていった。


 ダサいです。私もそう思ってましたから、けして否定はしません。だけどね、ここは私が作ってきた売り場なの。つまんない所じゃありません。

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